某製造業の現役IT担当者が実体験を基に、新たなIT部門の在り方を提起する。10人の人員を抱えたIT部門がリストラで消滅。たった1人のIT担当者になった著者が、いわゆる「ひとり情シス」としてIT開発・運用体制の再確立に挑んだ。その実践経験を基に、弱体化したIT部門が抱える問題点、IT部門の再建の道筋などを示す。
私は従業員400人の製造業で、社内の情報システムを担当している。250台のサーバーから成るITインフラの構築・運営を中心に、業務システムの内製、データ管理や統制など仕事は多岐にわたる。
だが体制は、私ひとり。つまり「ひとり情シス」である。私自身は「ソロインテグレータ(Solo Integrator)」と呼んでいる。ソロインテグレータについては、この連載の後半で説明するが、まずは現在の状態に至るまでの長く困難な道のりを説明し、主に中堅・中小企業のIT部門が抱える課題への現実解を指し示したい。
ひとりでIT環境を立て直し
自社にもかつてIT部門が存在し、ピーク時は10人ものIT要員がいた。「かつてIT部門が存在した」というのは、次のような事情による。
長引く景気低迷で徐々に人員が削減され、ついに消滅してしまったのだ。他部署に異動した私は、唯一のIT担当者として、残された200台のサーバーを支えながら、IT部門の必要性を訴え、再建を試みた。
しかし失敗の連続で、心身ともに疲れきってしまう。その後、うまくいかない原因を突き止め、解決に導くための答えが「ひとり」であることに気づく。社内の逆風を避けるとともに、技術進歩という追い風を受ければ、中堅規模のIT環境でもひとりで運営ができることを、自らの環境で実践し証明することができた。IT部門の消滅が戦略的な判断だったかは定かでないが、結果的には消滅が成功のきっかけとなった。
先進国最低ともいわれる日本の労働生産性と、中堅・中小企業のIT活用が進まないことに相関関係があることは、国内外で指摘されている。中堅・中小企業の現実はIT活用どころか維持もままならない状態で、IT部門は衰退する一方だ。解決の糸口すら見えない企業も多いのではないだろうか。自社も例外ではなく、IT部門が存在した時にはシステムの運営維持だけで手一杯の状態だった。
ところが、IT部門が消滅し「ひとり」でIT担当の役割を担うことで、IT環境の立て直しに成功した(図1)。中堅規模の企業のIT環境でもひとり運営が実現できたことは、IT活用とコストの両立で悩む中堅・中小企業の参考になるだろう。
この連載により、日本の中堅・中小企業のIT活用の底上げに少しでも貢献できることを期待するとともに、ITの効率的活用で日本が元気になることを切望している。
人が減り評判を落とす悪循環
IT部門が消滅する以前には、私もIT部門に所属するIT要員の一人として活動していた。
サーバーやインフラ環境の構築・維持・管理を中心に、ITに関することは何でも対応していた。業務システムの構築や、事業部門向けに開発支援ツール環境の構築などの依頼も受けた。だが以前は、投資に積極的だったことやスピードが重視されていたこともあり、手っ取り早く成果を得られる「ベンダー丸投げ」が当たり前のように行われていた。
その結果、目先優先の個別最適システムを増やすことになり、運用面で非効率で高コストな体質を生む原因となっていた。IT部門が関わらないシステム構築も横行し、稼働間際になってサーバーの設置場所や電源の空きがないといった、初歩的なトラブルに見舞われることも少なくなかった。
IT部門が関わらないシステムは、担当事業部門の組織変更やプロジェクトの終了を機に放置されることが多い。放置されたサーバーやシステムは、最終的にIT部門が尻ぬぐいをするという暗黙の流れができていた。
とはいえ、尻ぬぐいのためなら必要な予算の確保は容易であり、「IT部門は頼りになる」といった、事業部門からのそれなりの評価も得られたこともあり、そのような状況を変える動きはなかった。後々、その甘やかしが、IT部門自身を苦しめることになる。
その後、長引く景気低迷によりコスト削減の要求は厳しさを増し、IT投資の予算を得ることが困難になってくる。事業部門の尻ぬぐいで抱えることになった多くのシステムの維持コストですら削減対象となった。
外部のベンダーに依存する丸投げ体質のIT部門は、投資予算を得られなくなった途端に成果を出すことができなくなった。その結果、「IT部門は何もしてくれない」「金ばかりかかる」という評判が根付いてしまった。
サーバーやシステムの保守などにかかる維持コストは、システムが稼働している限り削減することができない。となると、削減対象は人件費に向くのは当然である。そうしてIT部員の人員が削減され続けた。
人員削減によって異動となったメンバーは、落胆しているかというと必ずしもそうではない。投資も成果も評価も得られないIT部門にはもう用はなく、渡りに船といったふうに去っていった(図2)。
異動になるメンバーが担当していたサーバーやシステムは、ITベンダー任せで作ったこともあり、仕組みの把握すら十分にできておらず、まともな引き継ぎもされなかった。その結果、残されたIT部員が非効率な運営を強いられることになった。
人が減り、非効率な運営を強いられるため、日常の業務がますます回らなくなり、それがさらに社内の印象を悪くして人員削減につながるという悪循環に陥ってしまった。ついに組織を維持することが困難な人数となり、IT部門は消滅してしまうこととなった。
居候では情報が上がらない
IT部門が消滅しても200台のサーバーがなくなるわけではない。唯一のIT要員となった私は、他のスタッフ部門に居候させてもらいながら、最低限のサーバー運営を担うことになる。
現状のまま回すことで手一杯なため、ますますサーバーの老朽化が進み、故障やトラブルは増える一方。居候の身であるため、徹夜で請求書作成の手伝いや、イベントのたびに駆り出されるなど、居候部門の仕事に時間をとられ、IT担当者として本来やるべきことができなくなっていた。
そのような状況でも、社内のIT化(システム化、自動化)に対する要望は多く、IT部門が消滅して相談先が無くなったために、私のもとに個人的に相談に来る人が後を絶たない。それに応えられる余裕が無い状態に、エンジニアとして情けない思いをする日々が続いた。
居候の身ではこの先のキャリアパスを描けず、評価を得られることもなく、キャリアと評価に連動した報酬制度の下で、モチベーションを維持し続けるのにも苦労した。
これが、衰退を続けたIT部門の末路である。しかし、企業にとって重要なIT環境を支える人や体制が、このような状態でよいはずがない。IT部門の重要性を訴え、復活のために動き出さなければいけない、と私は危機感を募らせていた。
と言っても、何をすればよいのか分からないので、まずはIT部門衰退に警鐘をならす識者らのインターネット上の情報を読みあさった。その上で、IT環境の見える化や情報共有の取り組み、経営への提言、自社のIT環境の将来像の提案など、なんとか時間を作って拙劣ながらも資料を作成し、上司に上げた。
そんな情報発信を続け、成果が見えないまま数年が経過したころのことだ。実は情報が経営に上がっていないことを知り、自分の無力さを思い知ることになった。
組織で情報を上げるのは伝言ゲームのようなものである。関係者全員が正しく伝えようとしなければ伝わらない。情報の内容を理解できない人が途中にいれば、正しく伝わらないし、その情報は必要ないと判断する人がいれば、情報はそこで止まってしまう。ITとは縁遠い部門に居候していることで、情報がさらに上がりにくくなっていた(図3)。
情報には良い知らせと悪い知らせがある。サーバーの老朽化が進み後手後手の対応になっている状態で良い知らせがあるはずもない。悪い知らせというのは危険な状況を知らせるアラームであり、事故を未然に防ぐための重要な情報である。
しかし、悪い知らせが成果や評価に影響するのではないかと人を不安にさせ、情報を上げたくないという心理につながっていることもあるだろう。その人が悪いのではなく、人間の心理と組織の制度がそうさせているだけである。「居候のIT担当者のために犠牲を払いたくない」「厄介な事には関わりたくない」と考えるのは誰でも同じであろう。
「この先どうなるのか」と不安な日々
悪い予感は的中するというが、情報がスムーズに上がらないことで対応が遅れ、警告した通りの事故になることが少なくない。「言わんこっちゃない」という状態である。経験を積めば積むほど、的中率が上がる。予測が的中することで、自分の予測は正しかったことを証明することはできるが、結局は自分が後始末をすることになるので、できれば未然に防ぎたい。
警告しても情報が上がらず、誰も動かずトラブルは避けられないとしたら、せめて尻ぬぐいが楽になるように自己防衛をしておきたいと考えた。データ保全や環境のバックアップ、復旧方法の調査などの事前対策を行うことで、トラブル発生時でも最悪の事態になりにくく、慌てることなく対応できるようにした。これが「ひとり情シス」としての精一杯の自己防衛である。当時は、「はたしてこの先どうなるのだろう」と不安な日々だった。