今の時代、提供するモノの価値を高めるだけでは顧客は満足しない。買って良かった、友人に紹介したい、と思わせる「顧客経験価値」を高めることが重要だ。「コト消費分析法」のテンプレートで、経験価値を引き上げるポイントを学ぼう。
「聞いたよ岸井。東京に出店した、地域の物産を生かした古民家レストランは大盛況らしいじゃないか。企画がうまくいって良かったな」
経営企画課長の西井和彦は、自席の前に座るシステム企画室の岸井雄介に言った。
「レストランの方はいいんですよ。ブランド養殖魚や地域野菜を使った料理、限定醸造の地酒、ビールも好評です。でも、レストランと一緒に出店したカフェの方がちょっと問題で…」
「古民家カフェか。客が入らないのか?」
「新規客は入るんですが、リピート客にならないんです。それに、古民家カフェは簡単に店を増やせないので、規模のビジネスができません。レストランは料理も酒も差異化しやすく、客単価を高められるので経営は安定するのですが、カフェは客単価が低いので、店を増やすか、リピート客を増やすことが必要です。ですが、なかなかうまくいきません」
「なるほど、そういう悩みか。考える必要があるな…今回は誰と一緒に仕事をしている?」
「新規ビジネス企画課の宮田部長代理です。今後のカフェ活性化策を説明したら、『顧客にとっての価値が低い』って嘆かれたんです」
* * *
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFinTech子会社F社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画の仕事を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、多くの仕事を成功させた貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。
岸井は現在、新規ビジネス企画課と共に、地域活性化ビジネスを検討している。地域の特産品やそれを使った商品・サービスを人口の多い首都圏向けに供給する企画だ。
これまでA行は地域企業や農家、漁師と協力し、地域特産の野菜や魚、地酒、地ビールなどの商材を首都圏のスーパー、専門店、飲食店、レストランに直接卸したり、通信販売で全国に提供したりしてきた。
さらに、これら地域商材を首都圏の消費者に知ってもらうため、地域直営の「古民家を改造したレストランやカフェ」を首都圏に数十店舗展開する計画を立案。都内中心部にレストラン3店舗、カフェ2店舗を出店した。
レストランは雑誌やテレビで取り上げられたこともあり、予約が取れないほど話題になった。そのため2店目、3店目を出店し、今後さらなる出店を計画中である。
しかし、カフェの方は不調であった。こちらも雑誌やテレビで取り上げられて最初こそ話題になったが、すぐに客の入りが悪くなった。メニューの価格が高めに設定されていること、リピート客が増えないことが原因だった。
レストランの好調さに気を良くしたA行頭取は、カフェビジネスもうまくやれば成功するはずとして、てこ入れ策の検討を指示した。
この検討の担当に指名されたのが、新規ビジネス企画課の宮田部長代理とシステム企画室の岸井である。岸井は古民家レストランとカフェの利用客や店員の声を収集し、カフェのビジネス成功策について考え、宮田部長代理に説明した。
* * *
「岸井補佐、地域創生に向けた第6次産業カフェの売り上げ拡大策の検討は進んでいるか?カフェの出店戦略やリピート客の拡大戦略など、ビジネス全体の売り上げ向上策はどう考えている?」
「店舗の担当者や来店客に調査をしましたが、カフェビジネスは難しいです。古民家という非日常感の付加価値から新規客は入るんですが、リピート客になりません。カフェのメニューはコーヒー、お茶、甘味、軽食だけで、他のカフェとの差異化は困難です。また、古民家という付加価値は足枷にもなります。都心の古民家を見つけるのは難しいですし、地域からの移築は高いコストがかかります。店舗を増やせず、規模のビジネスになりません」
「なるほど、よく課題を分析できているな。で、改善策は?」
「カフェ全体の売り上げを上げるには、店舗を増やすことが欠かせません。それには古民家カフェを安く設置できるようにする必要があります。例えば内装のみ古民家風にする、あるいは外壁のみ古民家風にすれば、低コストで店舗を増やせます」
「ちょっと待てよ。コストを削減して店舗を増やすという解決策だけでは弱いんじゃないか。古民家風のほかに差異化の余地はないのか?」
「そうおっしゃいますが、メニューで差異化できない以上、古民家カフェの設備費を抑えるしか改善の手はありません。古民家レストランがうまくいっていることを考えれば、古民家風であることにこだわることは重要です」
「それは違う。古民家風というコンセプトだけではリピート客を得られていない以上、他の部分で差異化できなければ、顧客経験価値は低いままだ。経験価値を買うコト消費の商材という意味で非日常感を味わえる古民家自体は否定しないが、もっと違う方法を考えた方がいい」
「ではメニューを差異化するために、コーヒー豆、茶葉、甘味の豆、小麦などを地域栽培して原料に使うのはどうでしょうか?」
「地元でコーヒー豆や茶葉を新たに栽培して1杯のコーヒーやお茶を出すのにいくらかかるんだ?それができないから輸入に頼っているんだろう。思いつきでビジネスを考えても新規ビジネスはうまくいかないよ」
「それはそうですが…でもせっかく古民家という付加価値があって、レストランは成功しているんです。同じコンセプトを踏襲しつつ、弱点である出店コストを低くする手段を考えるのが問題解決のカギだと思います。部長代理もそう思いませんか?」
「全く思わない。成長できるビジネスを企画するなら、顧客経験価値を高めるコト消費商材でなければだめだ。君の企画は、顧客にとっての価値が低い。顧客が満足する商品やサービスの企画を考えた上で説明に来てくれ。」
岸井は宮田部長代理の言うことは分かるものの、解決策が思いつかなかった。そこで、どうすればカフェの収益を拡大できるのかを西部課長に教えてもらいたいと考えた。それが冒頭の件である。