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 「日本発のソフトを世界へ」を標榜し、日本の中小ソフトベンダーらが結集して立ち上げたMIJS(メイド・イン・ジャパン・ソフトウェア)コンソーシアムが、設立から10年経過し大きな転換点を迎えている。成長を期待した海外展開に、大きな成果を出せなかったことが背景にある。

 活動を開始した2006年頃の中小ソフトベンダーの多くは、年間売り上げ数億円から10億円程度の規模だった。日本で100億円を超すのは、オービックビジネスコンサルタントやワークスアプリケーションズなど数社で、数千億円の海外ソフトベンダーに真っ向勝負する力は備わっていなかった。設立メンバーの1人であるサイボウズの青野慶久社長は、「欧米ソフトが入ってきて破壊されてしまう、との危機感を持った」と、当時を振り返る。

 そこで、MIJSは各社のソフト製品の連携から始め、人材育成などへと活動範囲を広げていった。事業を大きく伸ばすために、海外にも販路を求めた。もう1人の設立メンバーであるウイングアーク1stの内野弘幸社長は「ある程度の成果は出た」と主張する。確かに13社でスタートしたMIJSの会員は70社を超え、株式公開を果たした会員もいた。ウイングアーク1stのように、売り上げ100億円を超した会員もいる。

「世界に羽ばたく」ソフトベンダーは?

 だが、「世界に羽ばたく」ソフトベンダーは生まれたのか。年商1000億円超のソフトベンダーはいまだに現れていないどころか、会員の多くは50億円未満である。MIJS会員ではないあるソフトベンダーの社長は、「覚悟がない」とばっさり切り捨てる。売り上げ数十億円規模になり、国内での市場シェアを獲得できたことに「満足」し、海外進出に取り組む経営姿勢がなくなったという意味だ。

 国内に強固な足場のない中小ソフトベンダーの海外進出は、容易なことではない。だからこそ、もう一つの目標である「日本のソフトビジネスを変える」ことが必要だったように思える。大手ITベンダーを頂点とする、日本のIT産業構造の変革だ。大手ITベンダーに依存するIT部門の役割を問い直す意味もある。

 実は、変革の大きなチャンスがあった。パッケージビジネスからクラウドビジネスへの転換だ。共通プラットフォーム作りも検討したが、クラウド化への取り組みに温度差があったと思われる。パッケージビジネスとは異なる販売や開発体制へのシフトも簡単ではない。それでも会員各社は事業を着実に伸ばせたことあってか、パッケージビジネスを中心にしたMIJSの活動を見直した結果、解散も検討したという。