PR

「広島に行かなければ」

 唐突に話を持ち出したため、広島まで出かける意義が分からない読者もいるだろうが、その幹部にとっては何としても参加したい公演であった。「切符が当たりました」と報告してきたとき、彼は嬉しそうだった。ところが幹部の部下に聞いた話だが、職場で彼の顔色は今一つ冴えなかったそうだ。座っている彼の周囲になんとなくではあるが明るくない空気が広がっているという。

 悪気はなくても、溜息を何度もついたり、「困った」と独り言を繰り返している人がいると周りの人まで溜息をつきたくなってくるものだ。管理職であれば、溜息をつく部下の行動を心配してあれこれ口を出そうとするだろうが、部下はかえって疲れてしまい、やはり雰囲気が悪くなる。また、管理職が溜息をつくのはもっとよくない。

 にこにこしている必要はないが職場の活気を損なっているとしたらよろしくない。心配になって11月半ばのある日、幹部にメールを送ったところ、返信があった。「公演に行けるかどうか、いまだ予定が立ちません。行けるとしてもそれが分かるのは直前になってからになりそうです」。いくら仕事が忙しいとしても、広島は遠いとしても、2万円払った切符を反古にするのは勿体ない。生涯後悔するのではないか。

 「鬱陶しい状況なのかもしれませんが気分転換のためにも参列したほうがよいです」とメールを送り返した。すると今度はこう言ってきた。「もし行けた場合、広島のホテルは取れそうにありません。日曜にできるだけ早く戻りたいので土曜中に大阪か京都あたりまで移動して泊まるかもしれません」。洗礼の儀の参列者2万人弱が集結するため、彼が悶々としているうちに広島市内のホテルはすべて満室になってしまった。12月2日の当夜、市内の繁華街にあるサウナや漫画喫茶といった宿泊できる場所まで埋め尽くされたほどだ。

 近くの市外に泊まれば公演後、広島でゆっくりできるのではないか。だが、仕事を心配する彼としては少しでも東京に近づいておきたいらしい。11月末になってまた問い合わせると元気が出てきたようで「広島に行かなければ、との思いが増し、行くつもりになっております」と返信してきた。最初からそう言えばいいと思わせる、少々面倒な人である。

「ショックです。可哀想」

 YUIMETAL出演せず。ファンにとって衝撃の発表は12月2日の当日になされた。「体調不良により本公演への出演が難しいと医師から診断されたため」だ。YUIMETALは3人組の1人である。幹部に連絡すると「ショックです。体調不良なのですね。可哀想・・・」という返事が広島から来た。すでに広島グリーンアリーナの外で「三種の神器」と呼ばれたペンダント、マスク、礼服(のようなもの)を受け取って着用し、開場を待っているという。「会場の周囲、暗くてよく見えません。しかも寒くなってきました」というメールを送ってきた。

 生まれ故郷の広島における凱旋公演は定刻より30分ほど遅れて始まった。終演も30分遅れてしまい、その晩に広島から移動しようとした人は困っただろう。幹部も焦ったようだが「最終の新幹線にぎりぎりで乗れました。京都に向かっています。今日のコンサートはYUIMETAL不在も含め、明らかにいつもと違う雰囲気で、色々思うところがあり感慨深かったです」とメッセージを送ってきた。3人組の残る1人、MOAMETALは本来ならYUIMETALと組み、2人で演じる曲を独りで踊り通し、曲によってはYUIMETALが歌うところまで歌い、冒頭で書いたように幹部を涙ぐませた。