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 3年後の2000年、JR東日本がFeliCaの採用を決めた際、米モトローラが異議を唱えた。「国際標準化でないFeliCaを調達するのは、WTO政府調達協定に反する」などと主張した。「FeliCaでなければ、通勤ラッシュ下でも0.2秒でタッチ&ゴーできる自動改札機は実現できない」と考えていたJR東日本の関係者は大いに焦ったが、この時点ではモトローラ方式も国際標準化には至っておらず、同社の主張は却下された。このときモトローラが推した非接触ICカード方式が、後の「Type B」である。

 ソニーのFeliCaは、その後の非接触ICカードの国際標準化でいったんはType A/Bに敗れたものの注2)、ICカードの形状に依らないNFC規格の通信方式の一つとして、2003年10月に国際標準化された。この成果をもとに、2004年7月に鳴り物入りでスタートしたのが、携帯電話端末にFeliCaを組み込んだ「おサイフケータイ」だった。

 注2)「Type A」「Type B」の国際標準化が決まった後、ソニーの「Type C(FeliCa)」が審議される直前、中国、米国、イスラエルからType D~Hが相次ぎ追加提案された。次いでフランス国内委員会が「規格の乱立は望ましくない」との理由で審議中止動議を提出。賛成多数で認められてしまった。その後ソニーは、ライバルである米モトローラと組み、NFC規格の通信方式の一つとしてFeliCaの国際標準化に成功。これにより、JR東日本以外のJR各社でも、国際標準規格としてFeliCaを調達できるようになった。(原田節雄著『世界市場を制覇する国際標準化戦略』参照)

 この成果を受けて2004年7月、「おサイフの現金やカードに取って代わる」と日本で華々しくスタートしたのが、おサイフケータイである。

 NTTドコモとフェリカネットワークスがサービスを開発したおサイフケータイは、開始当初は30社近いサービス事業者を集めた。後にJR東日本も「モバイルSuica」として参加。他の携帯電話事業社も導入に踏み切り、多くのケータイがおサイフケータイ機能を持つに至った。

 だが当時、サービスの立ち上げに奔走したUi2 ビジネス・デベロップメント本部 本部長 兼 NFCビジネス部 部長の木下直樹氏は「おサイフケータイは普及はしたが、ビジネスとしてはうまくいかなかった」と振り返る。

 おサイフケータイは、出荷した端末数の割には、利用者数が伸びなかったという。キラーコンテンツであるモバイルSuicaは別格として、会員カードの代替など、モバイルSuica以外の用途では利用が進まなかった。このため、ライセンス費やFeliCaリーダー端末の購入費といった費用の割には送客の効果は薄く、サービス事業者は相次いでおサイフケータイから撤退した。