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あまりに脆弱な日本のIT対応

 こうなった理由のいくつかは既に先行研究もあり、筆者にも思い当たる仮説があるがここでは触れない。それよりも、こうしたIT利用の残念な現実が、近年急激に「深刻な問題」として浮上しつつある。人手不足に伴う、生産性向上への要請だ。

 前述した「方眼紙代わりの表計算ソフト」のように、人の業務を単純にITに置き換えても、生産性はそれほど上がらない。より大きな向上には、ITの特徴を最大限に生かした業務プロセスの改善はもとより、業務やサービスそのものへの価値観を変えていかなければならない。しかし我々は現時点で、業務にも日常生活にも、ITを十分には導入できていない。ITによる生産性向上を目指そうにも、その土台があまりに脆弱なのである。

 この脆弱性は、人工知能(AI)によって、大きく表面化しつつある。そもそもIT普及黎明期にも似たような議論があったはずだが、今後のAI普及が人から仕事を奪う「余地」は、これまでIT対応が十分ではなかった日本で大きく残っていると言える(図1)。

図1●AIと人の明るい将来と暗い未来
図1●AIと人の明るい将来と暗い未来
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 また、さらに悲観的なシナリオとして、そもそもIT対応が十分でない日本社会は、AIから見れば学習効率が悪く、結果的にAIから「無視」されてしまうかもしれない。既に音声認識の現場では、「市場が小さくIT対応も遅い日本語を学習させる理由が見当たらない」という指摘がある。

 社会におけるIT利用の必然性が縮退する負のサイクルは、当然ながらそれを支えることで商機を得てきた情報通信サービス全般を停滞させることになる。そしてそれは、最終利用者の利便性も低下させる。つまりこれは、すべてのレイヤーの、すべてのステークホルダーに影響のある、重大な問題なのである。

アマゾンを「使いこなす」発想を

 ところで、冒頭に「アマゾンによる戦いの幕開け」と述べたが、同社は一体何と戦っているのか。

 筆者は、リアルとサイバーを隔てるものすべてと戦っているように思える。仮にサイバーを優位に位置づけようとも、その2つを分けてしまうなら、その考え方にはもはや意味はない。アマゾンはそう言いたいのではなかろうか。だとしたら、日本社会との彼我の差は、もはや諦めざるを得ないほど、大きく開いているのかもしれない。

 ただし、希望はゼロではない。確かに開発者やサービスプロバイダーとしては出遅れた。しかしアマゾンたちを使いこなして新しい価値を生み出す「利用者」の立場を強めることはまだ可能であり、そうした発想は日本社会が得意としてきたはずだ。そしてそれこそが、AIの時代に人が豊かさを獲得するうえで、必要な素養でもある。

クロサカ タツヤ
クロサカタツヤ事務所代表、株式会社企(くわだて)代表取締役、慶應義塾大学大学院特任准教授
 1975年生まれ。慶應義塾大学・大学院(政策・メディア研究科)修了。三菱総合研究所を経て、2007年に独立。現在は戦略立案や資本調達に関するコンサルティング、政府系プロジェクトの支援などに携わる。2016年から総務省情報通信政策研究所コンサルティングフェロー。