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公共施設の建設の是非を住民投票で

――DBが増加する背景には、発注者の能力の低下もありそうです。

 そうですね。民間企業を見ても1970年から80年ごろには発注者の社内に施設部などがあり、建築に精通した人がいました。それが段々といなくなり、その結果、主体性のない発注者が増えていることも事実です。

 CM(コンストラクション・マネジメント)が盛んに採用されています。私が初めてCMを経験したのは米国でしたが、いてもいなくてもよいと思う人が、高額の報酬をもらっていたのにびっくりしました。「なぜそれほど高いのか」と聞いたら、建設コストが膨らんだり工期が遅れたりしたときに責任を転嫁する人が必要なのだと。つまり一種の保険です。

 社会的に良い建築をいかにつくるかという仕組みに対して、発注者が安易な態度で臨むことは大きな問題だと思います。それに設計事務所がCMという形で他人の設計に口を出す業務もあるようですが、建築家の本来の仕事はデザインで勝負することです。

――国内では市民団体の反対などでプロジェクトが進まない事例が増えています。

 我々は公共建築の設計を多く手掛けていますが、市民がプログラムづくりに参加したうえで、コンペやプロポーザルを行うということについて、基本的に私は賛成です。市長や議員などの政治家は、プログラムに対して積極的な提案をし、市民の反発に遭った結果として選挙の票が減るのが怖いようです。それで、どういう施設や機能が欲しいかを市民参加で合意形成を行うわけです。そのとき、市民団体はプログラムに対して慎重だと感じます。

――海外に目を移すと、市民が建築に対してレファレンダム(住民投票)を行う国も多いそうですね。

 スイスの公共施設では、税金を支払う市民が建設の是非について意見を述べる権利があるという観点から、レファレンダムを行うことが多いようです。バーゼルでは、ザハ・ハディド設計のコンサートホールはレファレンダムの結果、過半数の反対票で否決されたことがあったそうです。チューリッヒでは、ラファエル・モネオ設計の文化施設も建てられなかったそうです。単純にデザインの是非を問うだけではないと思います。

――建設だけではなく、既存施設の保存についても市民や建築家の意見を反映する事例があるそうですね。

 オランダの公共施設は、設計者の同意がないと処分できません。1996年にフローニンゲンで設計した「フローティングパビリオン(浮かぶ劇場)」が取り壊されそうになったとき、見知らぬ市民から手紙をいただいたことがあります。「まだイベントなどに使いたいので、建築家として市に保存の意思があることを伝えてください」という内容でした。私は喜んで手紙を書いたところ、修復されて使われているそうです。

オランダ・フローニンゲンの「フローティングパビリオン」。市民が保存を望んだことから修復されて活用されている(写真:Berthold+Linkersdorf)
オランダ・フローニンゲンの「フローティングパビリオン」。市民が保存を望んだことから修復されて活用されている(写真:Berthold+Linkersdorf)
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 新国立競技場も、市民参加のプロセスを経れば良かったのではないでしょうか。国の施設なので、有識者会議で意思決定をしてしまいました。白紙撤回後の見直し案も、ヒアリングはしたけれども、市民の意見は反映させずにつくったプログラムになっています。

 公共施設のプログラムに対して、市民がいろいろな意見を出しジャッジを行うプロセスが日本にも必要です。ただ自治体が決めたものに対して市民が意見を述べることができない。そうした意思決定のプロセスは全く評価できません。

その2に続く

槇 文彦(まき・ふみひこ)
槇 文彦(まき・ふみひこ) 1928年東京都生まれ。52年東京大学工学部建築学科卒業。米国クランブルック美術学院およびハーバード大学大学院の修士課程を修了。SOM(スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル)、セルト・ジャクソン建築設計事務所などに勤務。ワシントン大学とハーバード大学で都市デザインの准教授を務める。65年に帰国し槇総合計画事務所を設立。79~89年、東京大学工学部建築学科教授。93年にプリツカー賞、国際建築家連合(UIA)ゴールドメダル、99年高松宮記念世界文化賞建築部門、2011年米国建築家協会(AIA)ゴールドメダル、13年文化功労者(写真:山田 愼二)