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 当時一番楽しみだったのは築地市場内のお客様を訪問することだった。お客様自体がとても気を遣ってくださったこともあるが、市場の雰囲気自体に活気があって魅力的だった。市場に足を踏み入れると空気が一変した。それは私が今まで体験したことのないものだった。

 市場は早朝から動き出し、昼までにセリと出荷を終える。つまり、昼になるとほぼ一日を終えたわけで、午後になるとお客様に時間をとってもらえた。このため訪問は午後からと決めていた。

 昼早めに市場内に入り、昼飯を食べてからお客様を訪問した。市場の内外には刺身、寿司といった海産物だけでなく、あらゆる食べ物屋がひしめいている。「今日は何を食べようか」と考えて訪問することがとても楽しみだった。ちなみに当時のお気に入りは意外かもしれないがカレーライスだった。

 築地名物のカレー屋で必ず「合い盛り」を頼んだ。ビーフカレーとポークカレーが皿の左右に盛られ、その中央に大量のキャベツと大盛りのご飯がある。合い盛りと店の風景を今でも時折思い出す。機会があればぜひもう一度、食べてみたい。

 「一日を終えた」昼時の市場には発泡スチロールが散乱しており、その間をターレットという乗り物が走り抜けていた。近くを通り過ぎるターレットが体に軽く当たったこともあった。車で市場に乗り入れた際には、ターレットがドアミラーにぶつかったりした。それでもターレットを運転している人も、行き交う人も、平然としていた。

 無秩序の中の秩序とでも言うのだろうか、雑然とした市場の中に暗黙のルールがあり、きちんとそれが守られて一つの世界が出来上がっていた。ターレットが走り回り、発泡スチロールが散乱した市場の中から周囲のビルが立ち並ぶ様を眺めていると一種独特な感慨があった。

 セリ場近くで見上げた空が底抜けに青かったことを今でも思い出す。空の青さに吸い込まれていくようだった。私は営業マンの後、飲食部門の管理職になり、築地との関係はさらに深まっていく。

たった1年で終わった営業マン生活

 営業マンとしてお客様には恵まれたと思う。大抵のお客様は暖かく迎えてくれた。とはいえ、胃が痛くなることもあった。

 私は中間管理職の立場だった。営業マンとしては素人なのだが、お客様と名刺を交換する際には、管理職を演じなくてはならない。当初、右も左も分からない中で、営業経験があるかのように振る舞う必要があったが、なんとか乗り切った。

 そういえばソフトハウスで派遣SE・プログラマーをしていた当時、未経験の分野のベテランとして扱われ、現場に放り込まれたことが何度かあった。良くも悪くも、そうしたことに慣れていたのかもしれない。