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 中には私に対して他意があったのか、きつく当たってくるお客様もいた。こうした人間関係の悩みも営業マンに限ったことではない。派遣のSEやプログラマー時代にも色々な目に遭った。堪忍袋の緒が切れ、相手の机を蹴りつけたこともあった。

 人はそれぞれである。気にしないようにするしかない。とはいえ私の上司にまでクレームを入れてくるお客様がいて、これには参った。私としては悪いことをした覚えはなかったが、何かがお客様の逆鱗に触れたらしかった。上司を巻き込んだことで、私の営業マンとしての社内評価は下がってしまったように思う。

 そのせいかどうか分からないが、営業に来て1年足らずでまた異動の話が出てきた。会社としては、営業にしてみたものの当てが外れた、といったところだったのかもしれない。わずか1年で次の部門に異動になったから、少なくとも営業マンとしての私は「いなくなっては困る」存在ではなかったようだ。

 短かった営業時代に私は初めてシステムを「作る」側から「使う」側に回った。必死で作ってきた基幹系システムであったが、使う側になってみると、業務をうまく進めるためには色々と細かい箇所でもっと工夫する余地があることを学んだ。

衝撃の異動に「また辞めてIT業界に戻ろうか」

 「えっ!なぜ?」。

 次の異動先の打診を受けた私は唖然とした。システム担当から営業に移ることに抵抗はなかったと書いたが、さすがに今度は違った。築地市場について書いたところで触れたように、異動先は飲食部門の管理職だった。

 飲食部門とは、仕出し弁当を手作りしている工場の現場責任者である。ケータリング部門のリーダーということになる。

 情報システムの設計や開発をずっとやってきて、1年弱、営業マンをやった私にとって、「弁当作りの現場に入れ」と命じられるのは全くの想定外だった。いくらなんでも勝手が違いすぎる。

 「ITの現場に戻ろうか」

 折角入社させてもらい、お世話になってきた会社ではあるが再度の転職を考え始めた。派遣の現場で地獄を見て、「こんな仕事は続けられない」と脱出した私だったが、ユーザー企業に入り、プロジェクトリーダーをやり、上流設計のノウハウを実戦で鍛えた。以前の私とは違うはずだ。もう一回、外の世界でITにチャレンジしてみようか。

 「それとも、この異動も人生の勉強だと思ってやってみるか」

 心は揺れた。私を拾ってくれた会社には感謝しているし、恩義がある。私は40歳になろうとしていた。既に結婚し、子供も二人いた。転職のリスクを再度とる年齢だろうか。

“恩人”となるセミナー主催者との出会い

 相当悩んだ末、飲食部門の責任者をやってみることにした。この決断には、ある勉強会で出会った仲間達の存在が影響していた。