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 システム担当から離れてすっかりエンドユーザーになっていた私がすんなりシステム設計の感覚を取り戻すことができたのもリポジトリのおかげだと思っている。Xupper自体の機能は忘れていたものもあったが、操作しているうちに勘を取り戻していった。

 こうして2008年12月、新工場の稼働に併せて、新業務フローで検討を重ねた新業務、そしてそれを支援する新システムを稼働させることができた。私は44歳になっていた。

 開発がひと段落し、新工場が稼働し始めた頃の帰り道、空を見上げた。どこまでも高く蒼い空が広がっていた。少し浮かんでいた雲も私の視線とともにどこまでも遠くへ飛んでいくようだった。

業務と一体になったシステムを作れた

 新工場のための基幹システムの開発で改めて思いを新たにしたことがある。「上流工程部分が揺るがなければバグは激減する」という当たり前といえば当たり前の原則である。

 前回紹介したWeb座席予約システムの開発でも、工数の半分を上流工程に回したことが成功の大きな要因になった。今回の開発も同様だった。設計バグは皆無、製造段階のバグも大きなものはほとんど無かった。

 新業務フローと新システムによって現場の強みを生かす。同時に管理業務の負担を大きく下げる。この両方を通じてさらなる価値を生むことに成功したと思っている。

 弁当工場自体が異なるため、新旧比較は難しいが、当たり前のように新システムが活用され、新たなお客様からの要望に応えられるようになった。当社がいる業界の中で、確たる地位を築くことに役立ったと自負している。

 「現場の担当者は現場業務のプロ。できるだけ業務に専念してもらいたい」

 こういう思いが私にはある。現場担当者は毎日、業務に専念できている。

 新工場の新システム開発は私にとって凄く印象に残っている。新工場の業務を形作っていきつつ、新工場の血管としてシステムを整備していき、最終的に業務と一体になったシステムを作れた、と実感できたからだ。

 面白いくらいにシステムが実業務に反映された。単にシステムを使用するというレベルではなく、システムが現場の業務担当にとっての血流となった。開発者、設計者として刺激を物凄く受けたプロジェクトだったのだ。

 業務の方向性を決める段階から設計者が入り込んで検討したからこそ、大幅に管理負担を軽減できる新業務と、それを支えるシステムの方向性を示せたのだと思う。

現場を経験、ついに情報システム担当に戻る

 新工場の稼働が一段落した後、異動になり本社に戻ることになった。私は45歳になっていた。本社では営業としてBtoC、すなわち個人向け販売、営業を担当した。この時は座席予約システムの改変をエンドユーザーの立場で体験した。

 ほぼ同時期、ホームページのリニューアルも手掛けた。その時の部下は全員女性だった。優秀な人間ばかりで私がとやかく言う必要もなく、自ら動いてくれた。

 その後、テナント管理を経て、業務管理全般、そしてIT戦略を担当することになり、現在に至っている。長いような短いような道のりを経て、情報システム担当に舞い戻った。