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日米の大学院を掛け持ち

 元々、相浦氏はお茶の水女子大学で建築史を学んでいた。就職時には「ものをつくりたい」という思いを胸に、ハウスメーカーへ就職。住宅のインテリアデザインなどをこなしていた。

 ところが、仕事を進めていくうちに、自分が本当にやりたいのは、もっと建築に近い仕事だと感じるようになる。そして、一念発起して米国のペンシルバニア大学大学院と東京工業大学大学院の受験に挑戦。両校に合格した。

 東工大の大学院に入学すれば、エコロジカルネットワークの視点から都市環境を学べる。一方のペンシルバニア大の大学院では建築デザインを学べる。相浦氏にとっては、どちらも魅力的なフィールドだった。

 どちらの学校を選ぶべきか迷いながら、まずは4月に学校が始まる東工大の大学院に通うことにした。同校に入学後は、教員たちに片っ端から相談してみた。

 すると、複数の教員が「両方で学べばいい」と助言した。それでも悩む相浦氏をダブルスクールに導く決め手となったのは、当時、東工大で教壇に立っていた團紀彦氏だった。「イエール大学大学院への留学経験を持っていた團紀彦氏は『デザインを学びたいのであれば米国に行くべき』と背中を押してくれた」と、相浦氏は思い起こす。

 とはいえ、日米の大学院へ同時に通うことは物理的にできない。そこで、半年ほど東工大の大学院に通った後に渡米。そこからはペンシルバニアを拠点として学び、途中、1年ほど日本に帰国して東工大の方の論文をまとめた。再び米国に戻った後に、ペンシルバニア大側の論文を書き上げた。ペンシルバニアで取得した単位も東工大の大学院に認めてもらうことで、ペンシルバニアでの修士課程が3年間のコースだったにもかかわらず、2つの修士課程を4年間で修了できた。