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日本市場開拓の先導者に

 相浦氏は、「7歳と10歳の子どもがいて、育児は主人と協力してこなす」と話す。週に2日ほどは夫に子どものお迎えなどを任せ、残業できるようにしている。

 この育児の分担こそが、相浦氏が大きな仕事を継続できる力となっている。相浦氏は、次のように説明する。「残業できる日が数日あることで、ストレスなく設計の仕事を進められるようになった」

 PLPアーキテクチュアの組織内でも、相浦氏はスタッフの成長を促す“母”のような存在だという。PLPアーキテクチュアのリー・ポリサノ代表は、「毎週火曜日に、外部の識者を呼んで1時間ほど話を聞き、学ぶ場をつくってくれた。平均すると毎回40人ほどが参加している。社内のコミュニケーションが高まった」と目を細める。

 「チューズデートークス」と呼ぶこのイベントでは、アラップやサンティアゴ・カラトラバの事務所で活躍する幹部などを招へい。世界情勢や最新の建築の取り組みなどを解説してもらっている。

PLPアーキテクチュアの事務所内でチューズデートークスのイベントに聞き入る事務所スタッフ。右手前が相浦氏(写真:Cat Garcia)
PLPアーキテクチュアの事務所内でチューズデートークスのイベントに聞き入る事務所スタッフ。右手前が相浦氏(写真:Cat Garcia)
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 PLPアーキテクチュアのスタッフ216人のうち、約半分は女性が占める。出産を控える女性もいて、相浦氏はよき相談相手だ。「育児休暇は中途半端に半年とかの単位で取得するのではなく、1年間しっかり取るよう勧めている。その方が、復帰してから後ろ髪を引かれながら仕事をする恐れが小さくなる。そのくらい休んでもしばらく働けば仕事の勘は戻るもの」。そう言って相浦氏は笑う。

 新しい働き方と高い水準の環境配慮を両立させた建物や超高層木造といった斬新なコンセプトを武器に、PLPアーキテクチュアでは、活躍の場をさらに多くの国へ拡大する考えだ。そんななか相浦氏は、今後の日本市場を開拓するキーマンに位置付けられている。

 ポリサノ代表は、「日本での仕事の展開を図るうえでのプラットホームを築いてほしい。彼女は事務所をもっと高いレベルに導いてくれる」と期待を寄せる。

 相浦氏も「世界中の都市で、地域性を踏まえた空間づくりに注力してきた。自分の生まれ育った場所で、環境や文化といった土地が持つ可能性を生かせるような仕事をしたい」と意気込んでいる。

PLPアーキテクチュアの代表を務めるリー・ポリサノ氏(写真右側)は、相浦氏に日本市場の開拓を期待している(写真:日経アーキテクチュア)
PLPアーキテクチュアの代表を務めるリー・ポリサノ氏(写真右側)は、相浦氏に日本市場の開拓を期待している(写真:日経アーキテクチュア)
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相浦みどり(あいのうら みどり)
1970年神奈川県生まれ。93年にお茶の水女子大学文教学部を卒業後、ハウスメーカーに就職。インテリアデザインなどの仕事に従事した。その後、東京工業大学大学院総合理工学研究科と米・ペンシルバニア大学大学院建築学部のダブルスクールに挑戦。98年に東工大大学院、99年にペンシルバニア大大学院をそれぞれ修了した。同年に建築設計事務所EwingCole(ユーイングコール)に就職、2003年に夫の転勤に合わせて大手建築設計事務所KPFのロンドン事務所に転職した。KPFロンドン事務所は09年に会社組織が分離。その片方であるPLPアーキテクチュアに移る。13年から同社ディレクターとして、複数の設計チームを束ねている