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マイコン登場とともに消える

 ところが、1979年の業務用インベーダ・ゲーム登場で状況は急変する。マイクロプロセサを搭載したゲーム機の機能は、専用LSIには簡単に集積できなくなってしまった。

 上村は「ブロック崩し」に続くゲーム機向けのLSIを三菱電機で開発していた六楽内らを呼び戻し、専用LSIゲーム機の時代は去ったと告げた。「これを覚えれば、食いはぐれはない」と言われた仕事は、3年あまりで終わってしまった。ただし、六楽内らが半導体製造工程を経験したことが、任天堂の半導体の品質管理技術として今も生きている。

 このときから約3年後、任天堂はファミコン用LSIの開発をリコーに委託する。そこで任天堂の開発スタッフは、専用LSIの開発で半導体技術を教えてくれた技術者と再会することになる。その技術者は八木広満。八木は三菱電機からリコーに移っていた。そしてファミコン用LSI実現の立て役者になるのである。