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シャープを口説き落とす

 当時の任天堂には、液晶やマイコンを使いこなすための技術のノウハウがなかった。まず共同開発してくれるパートナ会社を探すことから始めた。候補に挙がったのがシャープである。光線銃の開発で交流のあった技術者に、電卓で使っていた液晶やマイコンの技術者を紹介してもらうところから、作業を始めた。

 岡田の考えは、電卓が液晶に数字のパターンを表示するのと同じように、ゲームの表示に必要なパターンを出せばよい、というものである。自ら、「素人の発想」と言う。

 最初の交渉段階で、まず紙に書いた仕様書で説明したところ、技術的に不可能と一蹴されたという。そこで、岡田は「実は試作機を用意してあります。実際に遊んでみてください」と言って、図1のようなゲーム機のサンプルを見せた。そうすると、「面白そうですね」とシャープの技術者もしだいに乗ってきた。

 もっとも「技術的に不可能」という返事は変わらなかった。できない理由も明確には話してくれない。岡田はそれでも「脈あり」とみて、ゲームの試作機を置いて帰った。

 シャープと任天堂との間で、「できる、できない」のイメージが異なっていたことが、共同開発のスタートに手間取ることになる原因だった。たとえば、シャープが技術的に不可能とした理由の一つは、ゲーム・ソフト「ボール・ゲーム」で必要となる丸い玉を液晶で表示することができないということだった。しかし、任天堂は、ボールらしき絵が表現できればよく、極端に言うと四角でもよかったのである。こうなると、シャープの返事も変わってくる。

 岡田は、シャープ側にできない理由をトコトン聞いて回った。できない理由を言ってもらうことが最も苦労した点だったという。原因がわかれば、岡田が何を実現したいのかをより明確に説明でき、対策が打てると思ったからである。

 「きっと置いていったゲームの試作版を、シャープの技術陣がプレイしてくれたと思う。ゲームをプレイしたうえで、いくつかやり取りをして、どこまでやればよいかを向こうでも判断できるようになったのだろう。それで頑張ってやってみようという話になったのではないか」と岡田は推測する。

 この結果、任天堂は、ゲーム&ウォッチを実現するのに必要な技術を、シャープとの共同開発というかたちで手に入れた。