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ロゴを刻んで違法コピーを排除

 違法コピーにどう対処するかという点も、ディスクシステム開発の大きなテーマだった。クイック・ディスクはマスクROMに比べてコピーが容易だからである。

 まず、MSX用クイック・ディスクにコピーしたソフトは利用できないような仕掛けを施した。ディスクはファミコン専用とした。そして 「NINTENDO」というロゴを刻んだ。駆動装置側にはディスクのロゴとぴったりかみ合う凹凸を付けた。ディスクと駆動装置の凹凸がかみ合わないとディ スクを読み書きできないようにしたのである。

 発売した駆動装置を違法コピー・ソフトの製造装置として使われる可能性もあった。そこで、ディスク1枚分のデータを連続してベタ書きできないような機能制限を加えた。

1作目から記録容量を使い切る

 ディスクシステム開発当初のねらいは、手軽なソフトを低価格で提供することだった。ところがいざソフト開発が始まると、スタッフは当時のマスクROMに比べて容量が大きいことに注目した。

 ディスク対応ソフトの第一弾は、ファミコンのロール・プレイング・ゲームの先駆けとなった「ゼルダの伝説」である(図3)。1作目のこのソフトから256Kバイトの記録容量を使い切る大作になった。手軽なソフトを提供するという上村のねらいはどこかに飛んでしまった。

図3 ディスクシステム用ソフトの第1作
図3 ディスクシステム用ソフトの第1作
1作目から記録容量256Kバイトを使い切った。
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 いったん256Kバイトの容量を前提にしたソフト開発を始めると後戻りすることは難しい。その後まもなく、「ドラゴンクエスト」に代表されるロール・プレイング・ゲーム全盛期がやってきたこともゲーム・ソフトの大容量化を加速した。

 256Kバイトを超えるマスクROMも手ごろな価格になり、サード・パーティはディスクからマスクROMへとソフト供給媒体を再び切り換え始める。アクセスが遅く、書き替え料金が500円とうま味の少ないディスクシステムに対してサード・パーティの興味は急速に薄れていった。

 こうしてファミコンのソフト供給媒体はマスクROMへと逆戻りした。シャープのディスク一体型ファミコン「ツインファミコン」を含めて累計600万台を出荷したディスクシステムの時代は終わった。

スーパーファミコンもROMを選択

 ディスクシステムの発売後、開発第二部はスーパーファミコンの設計に着手する。このときにも、フロッピー・ディスクをソフト供給に使う案が再浮上した。 記録容量が1Mバイトの電子スチル・カメラ用フロッピー・ディスクを採用するという提案である。ただし、この案もマスクROMの大容量化の波にのまれ、立ち消えになってしまう。

 現在、開発第二部は衛星データ放送の立ち上げに取り組んでいる。スーパーファミコン用データ放送アダプタは、ディスクシステム以来の大がかりな周辺機器になる。ラジオ放送を案内役にしてゲーム・ソフトのさわりを配信し、ROMカートリッジの販売促進につなげるという。