選挙およびサミットとキーワードになった「IT戦略」が,トップダウンで民間に下りてきた。この8月から,東京だけではなく地方でも,さらには大手から中小に至るさまざまな経営者団体や業界団体で「政策提言作りのための勉強会」が始まっている。中身の濃い議論を重ねてもらって,今後の日本経済・産業の方向と勢いをリードできる鋭い成果を期待したい。
ただ,少々心配なことがある。
半年後に出てくる提言が「米国を模倣する」という方向にまとまってしまいそうなことだ。勉強会のアプローチはおおむね,「米国のITビジネスモデル(この場合,IT活用法と言ってもよい)を研究」-->「日本の経済・社会環境とのすり合わせ」-->「実現可能な展開形の模索」-->「必要となる制度の新設や改革」という順番でまとめられている。
この方法は「戦術的」には有効そうに見えるが,米国の模倣以上の結果は生まれそうにない。日本の戦略とは,ずっとそういうものだったのかもしれない。しかし,「いま米国で起こっていること」に関しては,そう簡単に模倣できない理由が少なくとも二つある。
第1は,米国が創り出した「ITを利用したビジネス・スタイル」が無形の産業資源であることだ。
例えば「インターネット」の実体とは,通信線とか通信機器というハードではなくて,米国が定めてきたルールやノウハウである。米国の強さとは,それを「国際的な標準スタイル」に仕立て上げたことだ。一方,これまでの日本の強さとは「オリジナルを手本としてコピーを作り,製造技術でオリジナルを上回る」ということだった。これは「安くて質の高い労働者」-->「組織的な製造技術の練磨」-->「輸出による国外市場の確保」という構図の下で支えられてきた。
「ビジネス・スタイル」のような無形の産業資源に,この構図が適用できるだろうか。国内市場で通用する模倣型が作れても,輸出できるだろうか。輸出せずに日本国民が食べて行けるだろうか。
第2は,米国の現在を象徴する流行語になった“ニューエコノミー”なるものは,ここ30年来の米国経済や社会の構造,個人の行動原理,価値観の変化によってもたらされた現象だということだ。
よく調べてみると「起業家精神」「競争」「自己責任」といった,現在の米国ビジネスを形容するキーワードは,昔から米国が備えていた体質ではないことがわかる。60年代後半から米国の体質は変化し始め,失業,社会不安,教育の荒廃などの痛みを経て,現在の姿に至っている。
米国では最近,そうした変化をあらためて分析する書籍が出版されている。その変化のサブストーリとして,冷戦の終結に伴う軍事資産の民間への転用(インターネットはまさにそれである)といった出来事があったことは見逃せない。さらに,90年代に表舞台に飛び出してきたIT政策の源流も,80年代前半にまでさかのぼることができる。これらの蓄積もまた「カタチの模倣」だけでは通用しない部分だ。
だから,「日本にしかできないコト」を見出せなければ,本当に強い「戦略」にはなり得ない。経営者や業界団体の勉強会のスケジュールはおおむね,本年末までに勉強を終えて,2000年度末となる来年3月を目標に成果をまとめることになっている。
米国でパソコン・ビジネスが急成長した90年代半ばは,「半年毎に価格性能比が2倍」というスピードだった。それに続いたインターネット・ビジネスは,「パソコン・ビジネスの3倍の早さ」で変化してきた。こうしたペースに照らすと「これから6カ月」は,じっくり取り組むのに余りある時間だ。「日本独自のIT戦略」が導き出されることを強く願う。
(小口 日出彦=日経E-BIZ編集長)