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 最近は機械メーカなど製造業で大画面ディスプレイが普及してきた。そこでは高性能の3次元グラフィックス・システムを利用しながら仮想的な試作・組み立てが行われている。

 対角寸法が100インチ程度の背面投射型プロジェクタを2~3台続けて並べている場合が多い。中には高さ2.5m×幅6mにわたって継ぎ目がまったくない大画面ディスプレイを利用しているところもある(表示は2次元であることが多い)。これなどはコンピュータ込みの価格で1億円を軽く超える高価なシステムだ。

 ここに自動車の外観デザイン全体をドーンと映したり,部品が複雑に絡み合った自動車のエンジン・ルームや複写機の内部を表示する。表示するのは,実写の写真や映像ではなく,コンピュータ上の仮想的な3次元モデル(デジタル・モックアップともいう)である。

 コンピュータ上で仮想的に試作できれば,開発コストは下がり,開発期間も短くなる。実物の試作品は,自動車などでは部品やモジュールだけで数千万円なんてざらである。3次元データを使って仮想的な組み立てをすれば,設計した部品同士がぶつからないか,生産ラインで部品を組み立てるときに作業者の手が届くかどうか,といった検討が試作品を作らずに可能である。不具合があると,コンピュータ上でデータをすぐに修正できる。修正前と修正後の画面を同時に見比べたりするために,2台以上のディスプレイを並べておくのである。

 トヨタ自動車や仏ルノー,複写機大手の富士ゼロックス,建設機械のコマツなどが大型ディスプレイを導入し成果を上げている。最近は,3次元CADソフトの普及と3次元データの拡充に伴い,大画面ディスプレイを利用する企業はどんどん増えている。

 例えば,ルノーではコンピュータ上で作った自動車の仮想3次元モデルを大画面ディスプレイに映してデザインを評価する。さらに街や森の実写映像を背景にして自動車のモデルを重ね合わせ,街や森の中でデザインが活きてくるかを見る。最終的には経営者がその映像を見て,開発を進めるかどうか判断を下す。

 導入費用は,デジタルモックアップ用のソフトウエアやコンピュータを含めて数千万円~数億円はかかる。しかし,試作回数の削減といったコストに換算しやすい成果がすぐに得られるので,システム構築責任者は導入判断がしやすい。

実寸大の表示がたいせつ

 ところで,17~21インチの通常のモニターでは駄目なのだろうか。大画面ディスプレイがどうしても必要になるという理由は二つある。

 一つは,たくさんの人が同じ画面を見ることができるようにするためだ。部分的なモジュールを担当した設計者が集まって全体の組み立てを検証するときは,設計者だけでも人数は多くなる。ましてデザイン,設計,製造,マーケティングといった各部門の担当者が,一堂に会してあれこれと検討するためには,大きな画面を使ってデータを共有したくなる。

 もう一つの理由は,まるでその場に実物が存在しているような感覚を見る人に持たせるためだ。このためには実寸大で映すことが必要になる。実寸大であれば,「この材料は薄すぎて強度が足りないかもしれない」とか「隙間が小さいのでこれでは手を入れて作業できない」,「このデザインは曲率をもうちょっと大きくした方が良い」なんて具合に,これまでの経験を生かした直感的な判断がしやすくなる。

 実寸大でデジタル・モックアップを表示する手法を「フルスケール・リアリティ(実寸大のリアリティ)」と日経CG誌は呼んでいる。バーチャル・リアリティ(仮想現実感,通称VR)と似ている言葉だが,フルスケール・リアリティは寸法だけに着目している点が違う。VRというとよくステレオ表示のゴーグルをかける立体視システムが話題になるのだが,立体視をしなくても実寸大で表示するだけで製造業では十分なリアリティが得られる場合が多いのである。

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 余談だが,最近は好況の米国で家庭用の大画面ディスプレイの売れ行きが良い。いわゆる「ホーム・シアター」が話題になっている。そこにフルスケール・リアリティの考え方を取り入れると,一味違う演出を入れたコンテンツができるだろう。コンテンツのパッケージに「この作品は150インチのディスプレイで見ると実寸大で表示されます」なんて注意書きが現れる。きっと迫力あるスポーツの画面が表示されるだろう。世の常でAV作品も出てくるかもしれない。もっとも狭いわが家ではそんな大きなディスプレイなんて簡単に置けないが。

(安保 秀雄=日経CG編集長)