“ドッグ・イヤー”という言葉自体をすでに死語にしてしまったぐらい,IT 業界の新キーワードの浪費は目に余る。その中には,「定着したことによって, 流行語ではなくなった」ものもいくつかある。“ダウンサイジング”はその良 い例だろう。“アウトソーシング”あたりは,敗者復活戦から勝ちあがってき た感がある。

 だが,大半は注目度の高さに比べて,その実現・成功例が語られることが少 なく,「言葉のブーム」で終わってしまった。古くは“MIS(経営情報システ ム)”がそうであり,近年で言えば“SIS(戦略情報システム)”や“BPR(ビ ジネス・プロセス・リエンジニアリング)”などはこの部類だろう。技術系の 言葉では“AI(人工知能)/エキスパート・システム”や“CASEツール”, “xAA(アプリケーション・アーキテクチャ)”などが,期待されたほど普及 はしなかった。

 悲しいことに,こうしたブームの遺産は次世代への糧として継承されること なく,メディアは次の目新しいキーワードにこぞって飛びつく(注)。例えば 「2000年問題」は,危機管理やリスク管理,エンド・ユーザーとシステム部門 の協力のあり方,そしてシステムの開発・保守・ライフサイクル論に至るまで, さまざまな問題を提起した。だが,それが今後の情報システムの構築に向 けて有意義な形で活用されていくかどうか,心もとないものである。

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 昨年後半から一気に「言葉のブーム」に突入した“ASP(アプリケーション ・サービス・プロバイダ)”はどうだろう。これまでの「言葉のブーム」とや や異質なのは,その“輸入”のされ方の違いである。

 多くの「言葉のブーム」は,「海外(主に米国)で成功した事例」という論 拠(のようなもの)に支えられていた。それが説得力となったものの,“二の 矢”すなわち後続の成功例が出てこなかったために,そのキーワード自体が短 期間のうちに陳腐なものとなった。

 「ASPブーム」の特異性は,「海外での成功事例」すらない状況で輸入され たキーワードだということだ。メディアにおける露出という意味では,多少の タイムラグはあった。とはいえ,現状は日米ほぼ同時並行的な盛り上がりの見 せ方といっていいだろう。

 しかも,米国ですら,実際にASPサービスを受けることで業績を著しく上げ たユーザー企業もなければ,ASPビジネスで大きな成功を収めたベンダー企業 もまだない。せいぜい「ERP導入にあたって,ASPを選択することで,カスタマ イズや運用・保守に必要な人材の調達を“回避できるメドがたった”」という ユーザー事例が散見される程度である。

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 “米国の成功例への追随”というしがらみがないことは,ASPが日本で定着 するにはむしろ好都合だと思われる。米国とは商習慣も税制,会計制度も違う 日本で,企業情報システムの構築に“米国の成功体験”が参考にならなかった のは歴史が証明している。「情報システム戦略で競争優位を得た」企業として 誰もが認めるであろうセブン-イレブンやヤマト運輸の情報システムは,“米 国の成功体験に追随”したものではない。

 また日本の小企業においては,会計士/税理士/会計事務所という“サービ ス・プロバイダ”に,会計業務を全面的に委託するという形が根強く残ってい る。ここからASPの利用へと移行するしきいは,かなり低いのではなかろうか。  さらに,日本独特のオフコンや小型メインフレーム・ユーザーという市場に 対して,メーカー,インテグレータが“手じまい”にかかりつつある。これら のユーザーが,最新・最先端のシステム基盤を提供するASPに吸収されていく ことは,大いに考えられる。

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 ただ,日本のASPビジネスが正しい方向に離陸する上で,心配な点もある。 一般に言われる,“カスタマイズ至上主義”などのユーザー(情報システム部 門)の意識,セキュリティ管理やSLA(サービス・レベル・アグリーメント) についてのベンダーの技術力の未成熟だけではない。実は,新聞などでみられ る「ASPとは,インターネットを通じてソフトを貸し出すビジネスである」と いう紹介のされ方も心配なのだ。

 ASPはサービスを提供するビジネスであり,“ソフトを貸し出す”という言 葉で語られるべきではない。「ソフトを借りる」だけなら,ユーザーが求める のは,「同じソフトをより安い料金で提供する」業者となる。

 だがASPに求められるべきは,可用性や信頼性,スケーラビリティなどのサ ービスの質であり,たとえばSLAを守ることができるサービス力だ。

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 筆者のところに届くスパム・メールに,「高収入の得られるインターネット ・ビジネスの副業」と題するものが後を絶たない。その内容は,商品の販売を うたいながら,その実は商品販売よりも会員を増やし,そのコミッションの配 分によって勧誘者が収入を得るという,「ネットワークビジネス」の勧誘であ る。

 その“商材”として,健康食品などと並んで最近,“WWWページ用のディスク ・スペース”を扱うものが登場している。つまり,ASPの一種に分類されること もある「ストレージ・サービス・プロバイダ」との契約が,この種の「ビジネ ス」の商材に採用されてしまったようなものである(この商法が合法か非合法 かは,筆者は判断できない。また,本来の「ストレージ・サービス・プロバイ ダ」は,「ネットワークビジネス」とは無縁なものだ)。

 ASPビジネスが「ソフトを貸し出す」事業としての収入拡大の道に走れば, このような実体のない需要の“商材”と化して,歪んだ形で定着しかねない。 それは単に「ASP」が一時のブームとして死語になるよりも,より大きな禍根を 将来に残すように思う。

(千田淳=BizIT編集)

(注1)いささか我が田に水を引くが,弊社日経コンピュータ1月17日号 の特集は,その数少ない例外である。