先週は,海外からモバイル・インターネットのニュースがこれでもかとい うほど伝わってきた。独ハノーバーで開催されたCeBIT2000と,米ニューオ ーリンズで開催されたWireless2000は,「モバイル・インターネット」がイ ンターネットのメインストリームになりつつあることを実感させられるもの だった。詳しくは,2月28日にオープンした「モバイル・インターネット」 サイト(http://bizit.nikkeibp.co.jp/it/mobi/)をご覧いただきたい。
携帯電話市場は,特に日本の場合は通信事業者主導のトップダウン的な性 格が強い。NTTドコモのiモードの例を引くまでもなく,端末,サービス,料 金,アプリケーションなどは通信事業者主導で決まるのが普通だ。売り切り になっているとはいえ,携帯電話端末は事業者ブランドの端末を機器ベンダ ーが事業者の意向に合わせて作っている。今のところユーザーも,それに違 和感を感じてはいない。加入者シェアで過半数を握るドコモだけが提供する iモードのユーザーは月間数十万のペースで爆発的に増加している。これは, ユーザーの今のニーズを証明していると言えるだろう。
しかし,このようなこれまで日本国内で成功してきたやり方を続けること が,ユーザーにとって本当に歓迎すべきことなのだろうか?「大いに疑問が ある」---。これが筆者の今のスタンスである。
CeBIT2000とWireless2000のニュースから感じられたのは,事業者以外の プレーヤの層の厚さである。テレコム業界で実績のある大手通信機器ベンダ ーや端末メーカーはもとより,半導体メーカー,ソフトウエア・ベンダー, 各種のサービス・プロバイダなどが,我先にとモバイル・インターネットの ビジネスを模索している。
彼らのアプローチは,通信事業者が用意するサービスに対応した製品やソ リューションを考えるというよりは,自らサービスやビジネス・モデルを提案 している。例えば米QUALCOMM。「ラスト1マイルのテクノロジを提供する」 と公言し,「HDR」という最大2.4Mビット/秒のデータ通信の規格を提案して いる。QUALCOMMは通信事業者ではないし,端末機器の製造部門を京セラに売 却するなど,テクノロジにその存在意義を見出しパワーを集中している。そし て,HDRのほぼ2倍の高速データ通信が可能な規格「1X PLUS」を提案した米 Motorolaにも同じようなことが言える。
この両社は,次世代携帯電話の国際標準規格であるIMT-2000は既に肥大化 してしまい,モバイル・インターネットを安く実現することは難しいと考えて いる。国際標準が存在しようがなかろうが,より良いものをキャリアの事情よ りも市場をにらんでどんどん提案する姿勢は,事業者の提示する仕様に合わせ た製品を納めるのが基本の日本のメーカーにはなかなか見られない。
もちろん,NTTドコモをはじめとする事業者の研究開発の実績や標準化に対 する貢献は認めるべきだろう。しかし,有線の電話の世界でNTTを中心に起こ ったようなことが,モバイルの世界でも起こってしまうのではないかという 懸念が拭えないのである。既存の電話のメタル回線で高速データ通信が可能 なADSLサービスは,遅々として進まない。日経ニューメディアの3月6日号に よれば,1月に開通したNTTのADSLサービスは日本全国で十数回線だという。 NTTにその気がなければどうにもならないという現在の有線アクセス回線の 状況が,モバイルでも再び繰り返されることはないのだろうか。これは杞憂 だろうか。
では,機器ベンダーやアプリケーション・サービス・ベンダーがもっと活 躍できるようにするには,何が必要であろうか。
それには,携帯電話の世界に「アンバンドル」という概念がもっと浸透す ることが第一歩になるだろう。例えば,電波による接続やモビリティ,帯 域といった「エア・インタフェース」の提供者と,そのサービスを生かした サービス/アプリケーション/コンテンツの提供者,さらに電話やPDAなどの 携帯端末の提供者,といった3者が独立に存在し,しかも,フェアな競争が できる環境である。もちろん,通信事業者がすべてを提供しても良いが,同 じ条件で他社がサービスを提供できるかどうかが重要だ。
最も成功したサービスの一つであるiモードを例にするならば,ドコモが 提供する800Mディジタルのサービスだけで提供され,ドコモが端末機器に表 示される公式コンテンツのメニューを決め,コンテンツ・プロバイダをドコ モの基準で選別し,サイトの機能を制約し,端末もドコモ・ブランド以外に はない,という状況である。これが競争環境として健全なものだろうか。 iモードがモバイル・インターネットの先駆けであるならば,ここらで検証 してみる必要もあるのではないか。
もちろん,iモードでアクセスできるサイトには,ドコモ非公認のサイト や独自の決済サービスなども登場してきている。これらは,iモードの制約 から逃れるためにいろいろな工夫をした結果である。現状では,iモードを 構成する機能の一部を利用すれば素晴らしく気の利いたサービスが簡単に実 現するとしても,ドコモが採用しない限り独自に工夫するしかない。しかし 本来,iモードの仕様や制約は,技術面でもビジネス面でも絶対的なもので はないはずだ。もっと,オープンに利用できるようになっていれば,どうな るかを考えてもいいはずだ。
これまでの携帯電話は,激増する加入者の収容と音質対策,エリアの拡大 など,音声中心の電話としての基本的なサービスの分野で通信事業者同士が 競ってきた。しかし,第3世代(3G)と呼ばれる次世代の移動通信システム では,インターネットを中心としたデータ系のサービスの比重が高まる。そ の次世代システムで,多様なサービス,高機能なサービスを考えたときに, 今のiモードのように携帯電話事業者がコーディネートして管理するような サービス形態がベストの解なのだろうか。
世界中の頭脳が移動通信,モバイル・インターネットに集まり始めた今 (http://bizit2.nikkeibp.co.jp/wcs/usn2/article/20000226/focus.shtml の関連記事へ),多くのプレーヤが自由にビジネスを提案できる場として のモバイル・プラットフォームを実現することが,ユーザーの利益につな がるように思われる。QUALCOMM,Motorolaなどをはじめとする多くのコン ピュータやインターネットの分野のベンダーからの提案が鍵を握るだろう。 それらの提案が事業者の意に沿うものであるかではなく,ユーザー・ニーズ に合っているかが問われるべきだ。そのためには,もっとモバイル・インタ ーネットのネットワーク・インフラとビジネス・モデルがオープンになる必 要がある。キーワードは「多くのプレーヤによる多様な競争」であろう。
国内の次世代携帯電話システムの電波の割り当てを受ける事業者は3社で ある。しかも,NTTドコモ,日本テレコム,新生DDIの3グループにほぼ決ま っているとも言われる。つまり,現在の移動通信事業者とほぼ同じ顔ぶれで ある。有線の轍を踏む可能性もあるのではないか。
電波は,光ファイバやメタル回線とは違って,有限の公共資源である。そ して,その恩恵を受けるのは,数少ない事業者ではなくユーザーであり,そ こでビジネスを展開するアプリケーションやコンテンツ・サービスの提供者 であるべきだ。多くの人が好きなように使える環境があるからこそ,素晴ら しいアイデアが生まれるはずである。インターネットはまさにそのようにし て発展してきたのではなかったか。