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 こんどはナレッジ・マネジメント(KM)だそうだ。1990年代半ばのグループウエア,同後半のイントラネット--これまでにも散々,「情報の共有」をテーマにしたキーワードがブームとも呼ぶべき盛り上がりを見せた。

 では,KMはグループウエアやイントラネットと本質は変わらず,単なる言葉遊びなのか。答えは「否」である。

グループウエア+ガバナンス=KM

 どこが違うのか。KMの書籍を読んだ方も少なくないだろうが,感想はおおよそ次のようなものではなかろうか。

 「KMの重要性はわかった。暗黙知と形式知というものがあることもわかった。なんとなく重要だという気はする。しかし,自分の企業で実践しようとしても,どこから手をつけたらいいのか分からない」。

 私も最初にKMの言葉を目にして,専門書を読んだときの感想は同様だった。事例として紹介されるものも,例えばロータス ノーツを使ったもので,記事中の「ナレッジ・マネジメント」を「グループウエア」に置き換えて読んでみても何の矛盾も起こらないと感じたものだ。

 しかし,実際に企業を取材してみたり,識者の方にインタビューしてみると,KMの本質が徐々に見えてきた。先の質問,「グループウエアやイントラネットと本質は違うのか?」に対する私なりの回答は,以下の通りだ。

 グループウエアやイントラネットがブームとなった折には,部署や部門で草の根的に情報を共有することが「善」とされた。草の根情報共有は,同じインタレスト(興味)をもったコミュニティが形成され,議論も掘り下げたものが行われるというメリットがあるのだが,実は情報がそこから外へ流通しにくいというデメリットがある。他の人が議論に入りにくいし,途中から見ても何を話しているのか分かりにくい。せっかく情報(KM的にいうと「知」)が蓄積されても,これを他の人が活用できないのだ。

 ここに,グループウエアとKMの違いを理解するためのポイントがある。どこからどんな知を吸い上げて,どんなユーザに活用させるのかといったガバナンス(統治)が,ナレッジ・マネジメントの本質である。ここでいうガバナンスとは,知の蓄積・共有を推進する組織(チーフ・ナレッジ・オフィサ“CKO”と呼ばれる人や推進のための専任チーム)と体制である。

 乱暴な表現だが,「グループウエア+ガバナンス=KM」なのである。裏を返せば,KMが話題になる前から,グループウエアの運用にガバナンスの体制を敷いているところは,「KMを既に実践中」というわけである。

問題解決型のアプローチが成功のカギ

 ただし,やたらとルールやガイドラインばかりを作ってもKMは成功しない。情報を発信する側の心理的なハードルが高くなって,情報が蓄積されなくなってしまうからだ。

 ちょうど,日経情報ストラテジー( http://nis.nikkeibp.co.jp/ )の最新号(7月24日発売の9月号)で,ナレッジ・マネジメントを特集として取り上げた。このためにKMに取り組んで成功を収めている企業を取材した。いずれも,ナレッジの蓄積・流通を中核として,業務を改革した企業だ。

 こういった企業にほぼ共通するのが,KMということをそれほど意識していないことである。やむにやまれぬ問題を解決するために,業務改革した結果がKMなのである。
 KMの専門書には,「知識と企業資産と位置付けて,全社的な意識改革を行う」といった旨のことが必ずといっていいほど書いてある。もちろん,KMの最終的なゴールはここにあるのだが,最初からここを目指しても,具体的な体制やシステムをイメージしにくい。自社が直面している問題の解決に,知の蓄積や流通を取り入れることを考える,といったアプローチがKMを成功に導く近道である。