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 6月末から7月はじめにかけて中国の北京市と天津市を訪ねた。ある会合でたまたま,携帯電話の話題になった。

 「どのメーカの端末を持っていますか?」とたずねると,圧倒的にモトローラだった。端末の形を見ただけで「それはモトローラ」という人がいたほど,ブランドは浸透しているようだった。で,「日本のメーカの製品は?」ときくと,「見たこともない」という残念な答えが返ってきた。一人が「いつだったかの新聞にソニーの携帯電話の記事が載っていた」と言ってくれたのが,唯一の日本の携帯電話に関する話だった。

 2000年6月の1カ月間,日本経済新聞の「私の履歴書」欄にモトローラ元会長のボブ・ガルビン氏の記事が載った。そのなかで,ガルビン氏は「中国では,モトローラという社名は携帯電話そのものを指す一般名詞になっている」と書いている。実際,現地の状況からすればこの言葉は決して誇張ではない。はるか地球の裏側からやってきたモトローラが携帯電話の代名詞になっているのに,中国のすぐ隣りにいる日本のメーカの影がなぜ,これほどまでに薄いのだろうか?

 一つの理由は日本の携帯電話がNTTが中心になって開発したPDC方式なのに対して,中国は欧州で開発されたGSM方式を採用したことだろう。日本のメーカはGSM方式のネットワーク設備や端末については出遅れたため,中国市場でも欧米勢に先行を許したという事情がある。

 しかし,もっと重要な違いがあるように思える。それは通信キャリアと機器メーカの関係である。

 最近,IMT-2000を中心とした次世代携帯電話を使ったインターネット・アクセス(=モバイル・インターネット)についての本をまとめようとして,日本の主だったメーカに「次世代モバイル戦略」についての原稿執筆を依頼したことがあった。そのうち複数のメーカが,「戦略というのは通信キャリアが打ち出すものであって,メーカは通信キャリアの指示に従った製品を作っていれば良いのです。従ってメーカには戦略はありません」といって執筆を断ってきた。

 日本の携帯電話市場で通信キャリアといえば,まずNTT移動通信網(NTTドコモ)である。NTTドコモの力が圧倒的であることが,機器メーカに「NTTドコモに従ってさえいれば事業が成り立つ」という意識を植え付けてしまったのかもしれない。この結果,国内メーカはNTTドコモの支配下から飛び出そうとはせず,日本市場という限られたパイの奪い合いに精力を傾けることになってしまった。

 一方,モトローラと通信キャリアとの関係は日本のメーカとは大きく異なる。日経新聞の私の履歴書に書かれたガルビン氏の記事を読むと,モトローラは中国の対外開放政策の動向を注意深くウォッチし,早い段階から中国政府首脳と接触して市場経済導入による経済改革の流れが本物であることを確認し,果敢に投資を進めてきたようだ。中国市場をきわめて戦略的に捉えていたことが分かる。「通信キャリアの指示に従ってさえいれば」といった考え方からはモトローラのような戦略的な発想は出てこない。

 携帯電話は大きな転機に来ている。第3世代といわれるIMT-2000の商用化が近づいてきており,日本はNTTドコモが世界のトップを切って2001年5月にサービスを開始する予定だ。ここから全世界の携帯電話システムが第3世代へと切り換わって行く。日本のメーカにとっては新しい世界標準に対応した設備や機器を提供することによって,シェアを伸ばすチャンスでもある。

 しかし,そのためには条件がある。NTTドコモ依存体質からの脱却である。特定の通信キャリアに依存している限り,世界のメジャーになることはできない。それどころか第3世代携帯電話への発展は,日本の市場にも新しい国際標準を持ち込むことであり,海外メーカにとっては日本に進出し,シェアを獲得するチャンスになる。ということは,日本メーカが現在の国内市場のシェアすら確保できなくなる可能性もあるということだ。

 中国に話を戻すと,いま中国の携帯電話は急成長の過程にある。普及率こそまだ5%弱だが,世界最大の人口が分母になっており,台数ベースでいうとすでに日本の携帯電話とPHSを合わせたのとほぼ同じ台数にまできている。向こう1~2年のうちには加入者数で世界最大の米国をも抜き去るといわれている。

 これほどの急成長市場がすぐ隣りにあるというのに,いまなお日本のメーカは中国市場に足場を築くことができずにいる。日本では絶大な力を持つNTTドコモも,中国では6月に初の現地事務所を北京で店開きしたばかりだ。国内ではNTTドコモの指示に従ってさえいれば良かったかもしれないが,中国ではNTTドコモに頼っているだけではいつになっても市場は見えてこないだろう。日本のメーカが中国市場に食い込むために今求められているのは,NTTドコモの戦略ではなく,日本のメーカ自身の戦略だからだ。