現在,インターネットにはブラウザで閲覧できるページだけで20億ページあるといわれる。もちろん一人の人間が一生かかっても見られる情報量ではない。検索エンジンですら全てを網羅するのはもはや困難だ。最も情報量が多いと言われる米AltaVistaでも1億ページしかカバーしていない。
ネット上の情報がこれだけ増殖してくれば,今度は「いかに情報を集約,整理し,自分の欲しい情報だけを知識としてまとめられるか」に焦点が移る。これは「ナレッジ・マネジメント(Knowledge Management:知識管理)」と呼ばれる分野の仕事だ。情報技術(IT)の世界では古くて新しい概念だが,実現まではなかなかたどり着かなかったアカデミックな分野だった。
ところが99年後半あたりから,こうした問題を“ビジネス”として解決しようとするベンチャーが欧米で登場し始めた。個人が「ブックマーク」したサイトを大量にコレクションし,不特定多数の「ランダムな好み」の集積を検索エンジンのソース情報として活用するBlink.com,利用者が必要とする情報をサイトで監視させるためのエージェント・キットを配布し始めたSpyonit.com,My Yahoo!のような従来型のカストマイズ・ウェブから一歩進んで,欲しい情報源をオブジェクトとしてリアルタイムに編集できるソフトを開発したOctopus.comなどだ。
これらは,いずれも「個人的」な利用を前提にしているが,もっと組織的に大規模な情報を扱える技術も実用化してきた。英国のAutonomyは,ランダムなテキスト情報から認知科学的アプローチで言葉の意味や相互連関を学習するソフトを製品化した。すでにロイターやNASAが採用して情報解析に利用し始めている。
ところで,筆者は仕事柄,米国の大小の企業が作ったWWWサイトをつぶさに検証したり,検索エンジンを使い込むことが多い。慣れないうちは,Aという情報を探して一つのサイトに行き,Aを含むBのページ,Bを含むCのページ・・・と進んでいくうちにどんどん隘路に入り込み,ふと気が付くと「そもそも自分は一体何の情報を探していたんだっけ?」とモニターの前でぼう然としてしまうこともあった。
しかし半年ほどこういう作業を続けていると,情報を取捨選択するちょっとしたコツ,勘どころといったものが分かってくる。企業情報ならこの辺りを手掛かりに,デモ画面を比較するならここがポイント,この手の情報ならこの検索エンジンという風に,目的の情報にたどり着くまでのクリックの回数がずいぶん減ってきた。
身をもって体感してきた,こうした「人間の情報処理能力」に,ナレッジ・マネジメント技術がどこまでキャッチアップできるのか,非常に興味深い。ただ,いかに先進的なアプローチを凝らした“技術”でも簡単に追い付けないだろうと想像できる部分がある。
それは“情報を捨てる”判断だ。情報技術の発展は,往々にして「計算する,集約する,整理する」といったポジティブな方向へ進むものだが,人間の情報整理の柔軟性は,必ずしもポジティブな要素だけで成り立っているわけではない。「あきらめる,放置する,捨てる」といったネガティブな要素と裏腹にあることは,誰でも実感しているだろう。
情報を貪欲に取り込み,消費するような仕事を続けていると,情報を「捨てる」快楽に,時折身を委ねたくなってしまう。ナレッジ・マネジメント技術が「そこまでは織り込めないだろう」と予想できるところに,私たちの快楽も残されていようというものだ。