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 久しぶりにパソコンを買った。いわゆるA4サイズのオール・イン・ワン・ノートというヤツだ。

 パソコンを買うのはおよそ5年ぶりである。CPUは75MHz動作のPentiumから500MHzのPentium IIIへ,主記憶は32Mバイトから64Mバイトへ,ハード・ディスク容量は800Mバイトから12Gバイトへと,それぞれ大幅にアップした。時代は様変りした・・・かと思った。

 でも使ってみると,意外に感慨はない。OSの起動時間や,ちょっとした作業をするための“間”が,意外に改善されていないし,最新の機能を使おうとすると必ずしも速くない。

 前者の理由は明白。I/O性能がCPUやハード・ディスク容量ほど改善されていないからだ。OSやアプリケーション・ソフトの起動時間は,かなりの部分ハード・ディスクからプログラムをロードする時間が占めている。だからいくらCPUが速くなっても,この辺の体感速度は変わらない。もちろんインターネット接続なども,ネットワーク性能がボトルネックになるので性能が高まったとは感じられない。

 確かに,DVポート(IEEE1394)経由で動画を取り込んで編集するなんて,以前のパソコンでは想像もできないような処理ができる。だが期待していたほどの性能向上は感じられず,欲求不満すら感じてしまう。Office 2000のような最新ソフトが使えるようになったが,性能に見合うほど生産性が高まったかと言えば,答えはノーだ。

便利な機能とのトレード・オフ

 結局のところ,トレード・オフなのである。今のパソコンで,昔MS-DOSで「重たい」と思っていたソフトを使ったら,驚くほどサクサク動くだろう。しかしWindows環境のような,GUI(グラフィカル・ユーザ・インタフェース)がもたらす便利さとわかりやすさは得られない。コマンド・ライン操作には,GUIシェルにはできない芸当をこなすパワーもあるのだが,わかりやすいとは言い難い。

 最近のソフトはOSにしてもアプリケーション・ソフトにしても,とても便利になっている。その便利さの代わりに,何かを犠牲にすることになる。たとえば操作の快適さ(軽さ)だったり,安全性だったりする。

 例えばMicrosoft Officeの「イルカ(Office Assistant)」が変なところで起動して,処理がちょっとでも止まると「うるさい!」と思う。しかし,パソコンに慣れていないユーザには,とても便利なのかもしれない。

 最近すっかり有名になった「マクロ・ウィルス」を始め,Microsoft製品でよく指摘される「セキュリティ面での危険性」も,便利さの裏返しであることが多い。マクロ・ウィルスなんてその典型だ。WordやExcelで便利な定型処理を作成する目的があるからこそ,強力な処理機能をVisual Basic for Applicationsに持たせたのだ。そして開発が便利になるように,すべてのアプリケーションで同じVBAを使えるようにした。開発者もそれを歓迎したはずだ。

 もちろん,自分達が情報を収集するために仕掛けたトラップドアを悪用されたとかいうのであれば,それは大いに問題にすべきだと思う。

 最近感じるのは,「マイクロソフトと言う会社は,ユーザ性善説に基づいた製品開発をしているのではないか」ということだ。一見ユーザにとって便利そうな機能は多いし,ユーザがさまざまな操作をすることがデフォルトの状態で可能になっている。ただそれが結果として,デフォルトの状態ではセキュリティ上の問題を抱えていることになる。

 いずれにしても,セキュリティという観点からすると,Outlookは使わない方が無難なのは事実だろう。メール・クライアントにまでVBAを使えるようにしたのは,「やりすぎだったのかな」と思う。考え方はメーカそれぞれなので,ユーザ性善説でも構わない。しかし,ユーザはそれを知ったうえで使わなければ痛い目にあうということだ。私の場合,だから業務にLinuxを使っているという面もある。

 まぁ,まだ買って1週間しかたってないんだから,結論づけるのは早計に過ぎるのだが,何となく「速いパソコンを遅く使っている」ような気がしてならない。もっとも,人間様がボトルネックになっているから効率が上がらない,というのが正しい評価かもしれない。ワープロがどんなに高速になっても,文章を書く速度が向上するわけではないのだから。