今ではどうかわからないが,30年ほど前の小学校の社会科の教科書に,「よろずや」という業態の小売店が紹介されていたことを,妙に鮮明に覚えている。当時住んでいた東京郊外の団地の周囲には,本物の「よろずや」はなかった。そのせいもあってだろう,「生鮮食品も衣料品も日用品もおもちゃも文房具も本も,なんでも売ってる」お店の話は,小学生をわくわくさせるに十分なものだった。
今日,「なんでも売っている」業態といえば,コンビニエンス・ストアがそれに一番近いだろう。「よろずや」が与えてくれたような夢は,カケラほども感じられないけれど,ともかく好況業種だということは,消費者のニーズにマッチしているのだろう。
コンビニが町中に増えたおかげで,冷蔵庫がなくても生活できるようになったという。「必要なものが必要なだけ買える」環境ができたことで,生活習慣が変わった。そして“スーパーマーケット”とか,“商店街”の八百屋,肉屋,魚屋といった業態も,従来のままでは生き残りが難しくなったようだ。今住んでいる町の駅前のスーパーは,最近「夜9時45分まで営業」にして,帰宅途中の通勤者をけっこう集客している。駅前の商店街はずいぶん歴史があって人通りも多いのだが,よく見ると,クリーニング店とか理容室/美容室のようなサービス業の比率が,自分の子供のころ見慣れた“商店街”よりも,ずいぶん多いのである。
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ASPインダストリ・コンソーシアム・ジャパンの松田利夫副会長(山梨学院大学経営情報学部教授)は,先日のBizIT Forum2000での基調講演の中で,「ASPによって,ユーザーはアプリケーションの必要な機能を,必要なだけ入手できるようになる。さらに,ベンダーとユーザーがネットを通じて直結されることで,製品とサービスを融合した“オファー”が提供されるようになる」と語っていた。
パッケージ・ソフトにはこれまで,“ユーザーが求める機能”がつかめないベンダーによって,過剰な機能を付加されていた。ASPの利用が普及すると,ユーザーは“最低限の必要な機能やコンテンツ”から入手できる。さらにASPが進化すると,それまでに使用した機能の履歴を分析して,「これも利用すると便利な機能」を推薦するようなサービスも加えられ,ユーザーにとってさらに便利になる。そうした“機能とサービスをあわせたオファー”を提供できるベンダーこそが,競争力を持つ時代になるだろう,と松田教授は予測していた。
“必要なものを必要なだけ提供”するという目標の達成は,製造業ではサプライチェーン管理(SCM)の実現という形で具現化されようとしている。 コンビニにせよ,SCMにせよ,先端のITと物流技術の活用で可能になるものだ。ASPがそこに加わることで,産業界はさらに大きく姿を変えるのだろう。 松田教授は「製造業でも,調達機能を提供するマーケット・プレイスのASPが普及すれば,迅速に調達できる汎用部品を多用する企業ほど競争力を高める。結果として,製品の設計からカスタム部品はどんどん排除されていくだろう」とも語っていた。
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単に「何でもある」だけのよろずやよりも,「必要なものが必要なだけある」コンビニの方が,経営資源を有効活用する“よりよいビジネス・モデル”であることは間違いない。
ASPへ参入するベンダーが相次いでいる現状は,単なるブームで終わるものかもしれない。だが,製品やサービス単体でなく,顧客と直接コンタクトしてニーズを読み取り,“オファー”を提案する企業が続々と登場する時代は,それがASPという名前では呼ばれなくても,いずれ来るだろう。
その時代には,スーパーや専門商店にあたるような周辺の業態の企業も,生き残りのために新しいビジネス・モデルへと変革を余儀なくされるに違いない。
製造や流通のように日々の生活に直結する活動は,ITの活用で「より合理的で,カネと時間の無駄がなく,便利」になっていく。「コンビニエンス・ストアは無味乾燥で,“夢”が感じられない」といっても,致し方のないことだとあきらめなければならない時代なのだろう。
(千田 淳=BizIT編集)