5月26日の高速インターネット・アクセス・サイトに,「爆発的に普及が進む韓国のブロードバンド・サービス。2000年4月時点で160万をうかがう」という記事を掲載した。

 無論,150万超という数字は高速アクセス・サービス全体のサインアップの数であって実際にユーザーが高速サービスを利用しているかどうかは別である。とはいえ,1998年からの2年半弱で150万というのは驚くべき数字だと思う。1998年といえば,NTTがADSLのフィールド実験を行った年である。当時は,実験後のサービスに期待が集まったが,結局,ADSLによる高速サービスは,まだほとんどユーザーに広がってはいない。NTTによるサービス地域の限定などのため,サインアップさえできない状況のユーザーがほとんどなのである。26日の記事にも書いたが,3月末段階での国内のADSL回線数は,郵政省の発表によるとわずか211回線に過ぎない。日本のCATVは,高速アクセス・サービスとしては最も普及している。これが全国で約22万。1996年10月に武蔵野三鷹ケーブルテレビが日本で初めてのサービスを開始して以来,約3年半かかってここまできた。

 「定額サービス」という意味では,ISDNユーザー向けのIP接続サービスが常時接続で数千円のレベルになり,提供地域も7月には政令指定都市には広がるようだ。NTTにとっては,投資を続けてきたISDNの設備を生かす格好のサービスであるが,定額ではあっても64kビット/秒では高速サービスとは言い難い。ユーザーの申し込みの状況は順調のようだが,多くの地域で他には選択肢がない状況では,それが真のニーズかどうかは別問題だろう。

 一方でADSLの提供可能地域の拡張スケジュールは,いまだにはっきりしていない。日経ニューメディアの報道によれば,この4月中旬からはNTT東日本は事実上全局でのサービス提供に応じることにしたというが,プロバイダからの申し込みから開通までは5カ月程度かかるという。また,NTT東日本は技術的に可能なすべての局でサービス提供に応じるようだが,NTT西日本はそうではないようだ。東京めたりっく通信,イー・アクセス,KDD,日本テレコム,DDI,TTNetといったNTT以外の事業者もDSLサービスの提供を始めつつあるが,サービス提供地域は全社ほぼ同じ。ADSLは,NTTがサービス提供を認めた地域に限られているので,それも当然のことである。これでは競争とは言えないだろう。

 4月以降は,ADSLサービスを提供する事業者が増えたことや,3月までは助走期間とも考えられることなどから,導入のペースは加速するとは思われる。それでも,現実的には1年で100万単位のユーザーを増やすのは容易ではない。ちょっと前のことになるが,東京めたりっく通信の小林社長がある全国紙のインタビューでこう語っていた。「1日1000ユーザーにインストールするとして,実働20日なら1カ月に2万ユーザー。1年で24万ユーザーにしかならない」---。つまり,全国いたるところでサービス提供が可能な状況の下で,事業者が何社も存在しなければ,急速な立ち上がりは不可能なのである。しかし現実は,「いたるところに何社も」どころか,「NTTが指定した地域に数社」なのである。しかも,東日本は申し込んでから5カ月,西日本は提供地域を限定---。これでは,多くの人にとっては「ADSLは待っていてもしかたのないものです」と言われているようなものではないか。

 ADSLのように遅々として進まないサービスがある一方で,注目を集めたものの挫折したサービスもある。スピードネットが社長交代のうえにサービス開始の延期を発表したのは記憶に新しいし,NTTサテライトコミュニケーションズの個人向け衛星インターネット・サービスは採算が合わずサービスを取りやめることになってしまった。前者は,技術やコストの裏付けが不足したまま話題だけが先行してしまった結果と言えるだろう。後者は,初期費用や料金の設定,デスクトップ型パソコン中心のユーザー想定,といったマーケティング上の問題が大きかったようだ。いずれにしても,数カ月の間に事業の良し悪しが決まってしまった点は見逃せない。このような市場のスピードという観点からも,5カ月待ちのADSLでは,待っているうちに何が起こるか分からないと感じてしまうだろう。

 韓国の場合は,政府の役割が大きいことを忘れるべきではないだろう。例えば,新築の大型マンションにはインターネット環境の整備を義務付ける,全国に1万5000件ものインターネット・プラザを造る,パソコン購入などの補助金を出す,学校へのインターネット環境を整備する,通信事業者に対してADSLの料金水準を指導するなど,国を挙げて取り組んでいるという。誤解されては困るのだが,そのやり方自体はいかがなものかとは思う。市場での競争はどうなっているのか,裁量行政の行き過ぎではないのか,という懸念はあるが,1998年から2000年3月末までで150万という数字には,日本が211であるだけに,ある面で強い説得力がある。

 ちなみに米国の調査データを見てみると,DSLは90万,CATVが270万というところである。米国では,高速アクセス・サービスの競争は新しい段階に入っている。具体的に注目すべきと思われるのは次の3つである。

●ライン・シェアリング(メタル回線の共用)による複数の事業者による音声/データの共存サービスの枠組みが固まりつつあること。

●VoDSLなどによる音声/データ統合サービスの提案とそれを実現する機器の提案,ベンダー間の相互接続の確認が盛んなこと。

●E*TRADEなどが提案する高速アクセスを前提にしたアプリケーション・サービスの提供が始まりつつあること。

 標準化とともにサービス展開が進み,サービス展開に伴って標準化が進む。誰も標準化の完成まで待ってはいない。ライン・シェアリングは暫定的なフレームワークでまず始った。DSLの相互接続は,個別のベンダー同士がどんどん進めている。自分たちの活動こそが標準化の一環だと思っているかのようだ。

 これまで日本では,G.liteが固まっていない,Annex CがなければISDNと共存できない,相互接続が保証されていない,光化や局からの距離などの条件によって提供できない地域がある,といった問題点が指摘され,それが普及ペースが上がらないことを正当化してきたという側面があった。もちろん,それらの指摘は正論ではあるかもしれないが,米国や韓国にも似たような問題はあったはずだ。少なくとも米国は,技術的な課題や制度上の問題について,各社がそれぞれのアプローチで試行錯誤し,新しい提案をしたり技術開発を進めたりして,障害を乗り越えようとしているように見える。

 どうやら,高速アクセス・サービスの分野で日本は,韓国に抜き去られるようだ。そして,はるか先を行く米国では,音声やアプリケーションまで含めた次のフェーズの競争が始まっている。先週末に発表されたNTTグループの決算では,経常利益8250億円のうち東西地域会社の利益は合計で137億円程度である。今後も,地域会社の経営が悪化することなどを理由にこのままの状況が続くのだろうか?