4月に米ラスベガスで開催された「NAB2000」に派遣した学生の報告に目を通していたら,「T-コマース(T-Commerce)」という言葉に気が付いた。NABは全米放送事業者協会のことである。この展示会にゼミの学生を派遣したのは,「IT(情報技術)の流れを占うのは,もうコムデックスではなくNABだ」という指摘を多くの仲間から聞いたからである。その意味を,T-コマースの言葉で了解した。

 T-コマースとは「テレビを端末に使ってインターネットでショッピングする」ことだ。インターネットで商取引するのはe-コマース(e-commerce)と呼ぶが,ここには語らずして「パソコンを通してインターネットにアクセスする」イメージが含まれている。T-コマースには,パソコンを使うインターネット時代に代わり,テレビが主役となったインターネット・ショッピング時代が来る,という意味が込められている。

 ここでは三つの可能性が示唆されているように思う。

 一つは言うまでもなく,パソコンのように操作が難しく高価な道具ではなく,テレビを操作する程度の感覚で使える端末が普及し,インターネットの裾野がぐんと広がるという可能性だ。インターネット利用層が大きく拡大し,いよいよ新しい経済体系や社会体系の構築を急がなければならない。消費者にモノを売る企業も,サービスを売る企業も,インターネットを通じて販売する仕組み,商品,サービスを編み出さないと生き残りは難しい。

 二つ目はパソコンの未来である。インターネットの普及はパソコンの販売を促した。しかし,これからは直線的にそうは結びつかない。テレビや携帯電話が,需要の一部を侵食するだろう。画像や映像をふんだんに利用する取引ではテレビとインターネット,株式取引や航空券の購入のように限られた操作でサービスを利用できるものには「ケータイ」とインターネット,少し複雑な業務や文章を取り扱うにはパソコン,というように棲み分けができるかもしれない。パソコンはさらに,機能を絞り込んだネットワーク・コンピュータに移る可能性もある。ちなみに,携帯電話はすでに音声を伝達する段階から,インターネットを含めた持ち歩ける情報の出入口という意味で「ケータイ」と呼ぶような新しい段階に突入している。

 最後は日本の産業界の話だ,テレビに代表されるような家電分野は日本の得意芸。インターネットが家電と結びつけば日本の出番が巡ってくると,安閑としていられなくなったということである。T-コマースに伴って,新しいビジネス・モデルが次々と出てきそうだ。日本のお家芸がいつのまにか,米国のベンチャーの特許の支配下に追い込まれるかもしれない。日本の産業界は頭を切り換えなければならない。

 e-コマースからT-コマースへ --- 次々と新語を作り出すものだ,などと苦笑いしている場合ではない。新しい言葉の裏側には,新しいビジネス・モデルという実態が隠れている。

(中島 洋=日経BP編集委員兼慶應義塾大学教授)