文具メーカー最大手のコクヨは,SOHOや従業員30人以下の小規模企業向けにオフィス用品をインターネットなどで直販する電子商取引(EC)に乗り出す。10月2日に子会社「カウネット」を設立し,来年1月からサービスを始める予定だ。

 顧客はカウネットが配布するカタログを見て,ファクシミリかインターネットで注文。カウネットはその当日かもしくは翌日に,商品を宅配便などで届ける。顧客は代金引き換えや振り込みによって決済する仕組みだ。品揃えや価格に関する詳細はまだ固まっていないが,来年9月までに35万社の顧客を獲得し,75億円の売り上げを見込む。

 この分野では,コクヨのライバルであるプラスの子会社「アスクル」が先行している。93年に事業を開始し,すでに顧客は100万社を超え,売上高は471億円(2000年5月期)と急成長を続けている。そこにコクヨが,満を持して参入してきたわけだ。

 コクヨが文具メーカーとして国内トップになった原動力は,全国に張り巡らせた販売網である。コクヨ製品だけを扱う専業卸が約1万9000の小売店を開拓し,販売網を常に強化してきた。この専業卸は総括店と呼ばれ,コクヨの創業以来,一心同体になって現在の地位を築き上げてきた。

 ところが,アスクルの登場によって,その強さが揺らぎ始めた。これまで小規模企業は主に小売店に出向いて,文具を購入してきた。しかも,商品の価格は一般消費者向けと変わらない。

 ところがアスクルは,この常識を大きく変えた。小売店に行く手間を省いたばかりでなく,流通の中抜きと大量販売による値引きを実現。その利便性を前面に打ち出すことで,一気に顧客を拡大したのである。

 もちろん,コクヨはすぐさま追随することはできた。実際,大手企業を対象にインターネットで受注し,商品を直送する「べんりねっと」というサービスを手がけている。しかし,小規模企業向け市場はコクヨのパートナーである小売店にとって収益の源泉。そこにコクヨ自らが打って出ることは禁じ手だったのだ。

 それにもかかわらず通販に乗り出したのは,「お客様のニーズにこたえるには,20世紀型の流通構造と決別しなくてはならない」(黒田章裕社長)という危機感の表れだろう。同時に,直販といいながらも,総括店や小売店をある程度温存させたビジネスモデルを考えついたからだ。

 具体的な仕組みはこうだ。小売店は「エージェント」として,顧客の開拓や代金請求などを手がける。総括店は地域ごとの「エリア・エージェント」として,小売店を支援する。そしてそれぞれが売り上げに応じたマージンを得るというものだ。

 しかし,エージェントしか持たないアスクルに対し,エリア・エージェントを抱えていてはコスト的に太刀打ちできない。そこで考えたのが,「モルタル(既存の店舗)でしかできないサービスを提供する」(黒田社長)戦略である。

 具体的にはOA機器の設置・保守サービスやオフィス・レイアウトの作成,ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)による会計システムのアウトソーシングなどだ。いわばオフィスにおける様々なニーズを1カ所で解決する,「ワンストップ・サービス」を実現しようというのだ。

 文具の通販だけに頼らず,こうしたサービスによって利益を上げるのが,コクヨのクリック&モルタル戦略である。もちろん,この戦略の成否を握るのは,顧客に直接サービスを提供する小売店。いくら顧客のニーズがあっても,小売店がそれにこたえられるスキルや知識を持たなければ元も子もない。

 それだけに,淘汰(とうた)される総括店や小売店は出てくるだろう。コクヨはそれを覚悟の上で,生き残り策として流通構造の改革に乗り出したのである。

 これまでその企業にとって強さだった既存の販売網が,ECによって弱点になりつつあるという例はほかにもあるだろう。コクヨのクリック&モルタル戦略は,そうした企業にとっての真の解決策になれるかどうか,大いに注目したい。

(神保 重紀=日経情報ストラテジー副編集長)