過日,某大手企業でナレッジ・マネジメントを推進する立場の方から相談を受けた。「部門や支社単位での営業情報の共有はうまくいっているのだけれども,これを全社展開しようとした途端に壁にぶつかってしまった。成功事例を蓄積しようとしたのだけれど,情報を発信してくれる社員が極めて少ない・・・」と。

 ナレッジ・マネジメントに限らず,システムや体制は整備したものの情報をうまく活用できないといった悩みを抱える企業は少なくない。取材を通して,プロジェクト推進担当者のこうした嘆きを聞く機会は実に多い。このような課題を抱えるケースには,いくつかの共通した特徴がある。

 一つは,新しいシステムや体制の導入に伴って,現場の社員に新たな作業負荷が生まれること。例えば,ナレッジ・マネジメントやSFA(セールス・フォース・オートメーション)のために,新たに電子日報を書くようなケースがこれに当てはまる。

 もう一つの特徴(実はこれが問題を生じさせる要因でもあるのだが)は,システムや体制を導入する目的があいまいになってしまうことだ。導入の目的をユーザー全員が理解しなければ,それに合わせた情報の入力や活用が進むわけはない。

 「えっ,どこの企業でもシステムを導入する際は明確な目的があり,それを現場に伝えることが普通じゃないか」・・・。このような反論が聞こえてきそうだが,ちょっと待ってほしい。

 具体的な例を示そう。営業担当者の日報をイントラネットやグループウエアで電子化するケースを想定してみる。営業のノウハウ共有を目的として,従来は紙で書いていた営業日報を電子化した企業も少なくないだろう。

 確かに,電子化することによって地域や場所を越えて,情報を共有できることのメリットは大きい。しかし,紙の日報をそのまま共有しても本当にノウハウの共有に結びつくのか。ノウハウの共有が目的なら,日報の電子化よりももっと有効な手段があるのではないか。

 そもそも既存の営業日報の目的には,上司が部下の進ちょくを管理するという側面が強くあった。製品・サービスの数が少なく,新規顧客の開拓もいまほど重要でなかった時代には,確かに合理的な仕組みだった。このため営業日報の項目は,部下の進ちょくがよく見えることを考慮して作られているのが普通だ。

 ノウハウの共有といった水平方向の情報活用に主眼を置くことを想定して文書形式を見直すと,不要だったり,必要なのに記述する欄がない項目も出てくるだろう。そもそも,1日単位で営業担当者1人ずつの行動を管理する必要はない。取引先と営業担当者の間でのやり取りが起こるたびに一つの事象として情報を登録するほうが,後で活用しやすい。

 紙の日報をそのまま電子化するケースは,ノウハウの共有という目的が,日報の形式を電子化する段階であいまいになってしまった例と言える。このように,何のためのシステム化であるのかを見極めると,情報の形式やシステムの形態は,今まで考えてきたものとは大きく変わってくることがあるのだ。

 さらには「ノウハウの共有」という目的すらも,何のためにノウハウを共有するのかと突き詰めて考える必要がある。この答えは,もちろん売り上げの向上のためだ。では,何のために売り上げを大きくするのか。このとき,利益を高めることが目的であれば,実は売り上げの向上よりも経費を削減するほうが手っ取り早く効果が大きいのかもしれない。

 新システムや新体制を導入する際に,このように目的を煎じ詰めて考えていくことは,真の業務革新を進めるうえで重要なことだ。特に,システムを再構築するような場合に,既存の機能の一つひとつに対して,「何のためにあるものなのか」を突き詰めて検証していく必要がある。場合によっては,システムそのものの目的が不明確といったケースすら出てくるかもしれない。

 経営環境や市場環境が激変する今の時代に“勝ち組”として生き残るには,常識すらも疑ってかかる必要がある。「常識だから」や「慣習だから」という理由で既存のやり方を踏襲していては,真の合理化は実現できないのだ。

(吉川 和宏=日経情報ストラテジー副編集長)