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 「NTTが我々の望んでいるような姿に変わるかだって? そんなこと分かってるじゃないか。無理だよ,無理」。

 郵政省のある幹部は,雑談のなかで達観したかのようにこう話した。郵政大臣の諮問機関である電気通信審議会(電通審)が11月16日,通信事業の競争政策とNTTの在り方に関する第一次答申(草案)を公表した直後のことである。

 記者(私)も全く同感だ。郵政省がIT(情報技術)時代の基盤を支えるNTTに何を求めているのかに関係なく,NTTはNTTグループ内の利益確保に閉じた形でしか動くことはない。これは当然のことともいえる。だれが上場会社たるNTTに,自らの意に反する行為を強制することができるのだろう。

 電通審は「NTT持ち株会社は県内・長距離通信事業者であるNTTコミュニケーションズ(NTTコム)や,NTTドコモに対する出資比率を引き下げるべき」としたが,これは憲法で保証されたNTT株主の財産権の侵害につながりかねない。ましてや,いまさら完全分割を強行しようとすれば「行政訴訟を起こされたうえ,負けるのは目に見えている」(郵政省関係者)。

 何の法的根拠も持たないまま巨人・NTTに立ち向かうかのような郵政省の姿は,滑稽(こっけい)にすら映る。同時に,NTTに唯一真っ向から意見を言えた郵政省の凋落(ちょうらく)を,とても残念に思う。

 こいつは何を言っているのか,と思われる方も少なくないだろう。監督官庁の権威がそんなに軽いわけがない,しかも各種報道では「NTTがグループ内競争に突入」「NTT解体も」とされているではないか・・・と。しかし,郵政省とNTTの勝負は,99年7月の時点で既に終わっているのだ。

 NTTの完全分割化を求めた電通審の答申が,NTT幹部と労働組合の圧倒的な政治力の前に換骨奪胎され,「持ち株会社によるグループ経営形態」として再スタートした時点がそれだ。政治を巻き込んだこのパワー・ゲームに,郵政省は何としても勝たねばならなかった。持ち株会社と東西地域,,そして長距離を不完全なまま分離するという妥協を下した反動が,現在の「NTTグループの圧倒的な総合力」に結実してしまったのだ。当の審議会の答申を読めば,そのあせりを如実に感じ取ることができるだろう。

 電通審は11月16日に公表した答申案のなかで,「NTT再編の成果として期待されていた(1)NTTグループ内各社の経営の自立独立性の確保,(2)NTTグループ内各社による相互競争の実現,(3)新規競争事業者との公正競争の実現,の3点において必ずしも目的が達成されているとは言い難い」と断言。

 そのため今後の施策として,グループ各社の競争を促すためNTTコムとNTTドコモの出資比率を引き下げる見返りに,今まで規制されていた放送・製造分野への進出や地域会社の業務規制を段階的に排除するというインセンティブ規制(アメとムチ規制)などを盛り込んだ。だが,NTTにとってそのムチはちっとも痛くはないし,アメは味がしないだろう。

 まず,出資比率の引き下げがNTTに対するムチにならないことは,だれの目にも明らかだ。企業会計制度の見直しにより99年度決算以降,企業の経営基準は連結重視へと完全に切り替わっている。そしてその連結基準は,もはや親会社の子会社に対する出資比率を問題にしていない。人事や融資関係などを通じ,実質的に意思決定を支配しているかどうかという点こそが基準なのだ。

 現在のNTT持ち株会社の出資比率(NTTコム100%,NTTドコモ67.1%)が過半数を割ろうがどうしようが,NTT持ち株会社のもとで協調的な活動をする限り「グループの連結経営を最重要視していく」(宮津純一郎NTT社長)という方針に何の影響も与えない。定款変更などの拒否権を維持するため,株式の1/3さえ死守しておけば済む。

 製造分野への進出(出資)というアメも,唐突な感を否めない。恐らく郵政省としては一つの例として盛り込んだだけだろうが,一歩間違えれば国際的な問題に発展しかねなない。NTTの今後の資材調達に大きな影響を与えるからだ。

 NTTは旧電電公社時代から,同社が採用する機器を広く世界から調達するために調達情報の公開義務を課せられてきた(当時はトラックと呼んだ)。この制度は延長を繰り返したあげく99年に失効。その後2001年までの2年間は,NTTによる自主的な国際調達の形態に変わっており,経過措置として2年間は政府(米側USTR,日本側は郵政省と外務省)が経緯や問題点を議論することとなった。

 つい先日の11月8日にその第1回の会合があったが,「特に問題点は指摘されなかった」(郵政省大臣官房)という。だが米国側がこの情報を事前に知っていれば,状況は違ったはず。USTRは必ずや「事情を詳しく聞いておきたい」と迫っただろう。製造分野への進出(出資)認可という電通審の答申内容は郵政官房にも伝わっておらず,その拙速ぶりを印象付けた。

 さらに答申案には,郵政省が置かれた現状を物語る二つの記述がある。

 一つは「ルール型行政を充実し,公正競争ルールの整備を積極的に進めていくことを明らかとするため,電気通信事業法の目的の一つに,明示的に『事業者間の公正競争の促進』を加えることが適当である」(同2-(4)-イ)とした点。

 もう一つは「郵政省と公正取引委員会が電気通信分野における反競争的行為の防止に向けて具体的にどのような連携が可能であるのか検討し,事業法と独禁法の適用関係をより明確にすることが必要である」(答申案2-(5)-エ)としたことだ。

 電気通信事業法は文字通り,現在の通信業界の在り方の骨格を定めた基本法である。なかにはNTTと他の事業者との接続を取り決めた項目をはじめ,郵政大臣による強制的な接続命令といった強権発動も明記されている(第39条,電気通信設備の接続に関する命令等)。これらはすべて,NTTと他の通信事業者の公正な接続を担保するためのものであり,条項の目的はそれ以外にはない。

 にもかかわらず,屋上屋を架すかのような前提を“明示”しなければならない理由は何だろうか。答えはもちろん,NTTが思ったように言うことを聞いてくれないからである。「なぜこの条項を設けたのか」という目的まで法律に書き加えることなしには,NTTに対する強制力が不足すると認識したわけだ。なんとも弱腰に思うのは記者だけではあるまい。

 後者の独禁法との連携も,今までの郵政省の態度からすれば奇異に映る。独禁法を行使する公正取引委員会と郵政省は,知る人ぞ知る犬猿の仲。公取は歴史的に通産省との関係が深いのもその一因だ。それでもあえて公取と独禁法を持ち出したのは,独禁法でしかNTTのコントロールは不可能という判断に尽きる。

 先に書いたように,上場会社であるNTTに対し,子会社に対する出資比率を引き下げろという法的な根拠はどこにもない。つまり,最終的には大企業につきものの「支配的な立場の濫用(らんよう)」を,確たる根拠を持って排除できる独禁法を後ろ盾にするしかない,という現実的な考えに至ったのだろう。あまりにも「素直」すぎる記述に,逆に郵政省の苦しい立場が浮かび上がるかのようだ。

 最後にもう一つ。答申案が「NTTグループ内の競争を実現させる」としている点について,その現実性を推し量るための格好の情報がNTT労働組合のホーム・ページ(http://www.ntt-union.or.jp)にある。NTT持ち株会社が99年10月に組合に示した2002年度末までの「中期事業計画」とその内容,労働組合側の対応(経営陣と組合はこの9月11日に合意に達している)が,しっかりと公開されている。NTT問題に興味がある人なら,このよくできたサイトは必見だ。

 「真のNTTグループ内競争」が本当に実現するかどうか,身にしみてよく分かる。

(宮嵜 清志=日経コミュニケーション副編集長)



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