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 私は技術好きである。技術者という職業に共感を覚えるし,これまた大好きだ。理工系出身ということや大学卒業後の数年間,技術の現場に身を置いたことが影響しているのかもしれない。

 このところ,その技術や技術者に関する情報がぐっと増えている。「IT(情報技術)に乗り遅れるな」「ネットの世紀」「エンジニアの時代」といった具合に,マスメディアは連日のように技術やIT企業を取り上げ,もてはやす。書店にはITやインターネットに関する書籍が所狭しと並ぶ。しかし,その割には恵まれているとは言いづらい日本における技術者という職業・・・。

 米国の流儀(ウォールストリート流とも言える)が雇用面や人事面に及び始め,分社化や人員削減,出向,転籍,能力給など技術者の置かれた環境の変化は,最近とみに激しい。筆者のまわりを見回しても,活躍の場をインターネット事業に求める準備を始めたコンピュータ・ベンダの部長,生き甲斐を趣味に見出して脱サラを考えている通信機器ベンダの課長,突然の肩たたきに見舞われ,恩師を頼ってとりあえずの退避場所を大学に見つけた研究者など,思春期ならぬ「思秋期」を迎えた中堅IT技術者が少なくない。

 ここでは,いま脚光を浴びるIT関連の技術や技術者の今後について,日本に焦点を当てて考えてみたい。

技術者にとっても失われた10年だった

 日本経済にとって,バブルの後始末に追われた1990年代は「失われた10年」として語られることが多い。失われた10年だったことは,国内のIT技術にしても同様だろう。

 バブルの後始末こそなかったものの,米Microsoftや米Intelといった米国企業に技術(標準化)の主導権を握れっぱなし。上司から,「どうしてMicrosoft社やIntel社と同じことができないのか」といった理不尽な言葉を投げかけられた技術者も少なくなかった。日本のIT技術と技術者にとって,苦悩と疲労に満ちた10年あまりの歳月だった。

 ところが,ここにきて風向きが変わった。この10年あまり続いたウインテル主導のルールが急速に色あせてきた。ルールの変更を迫ったのはインターネット。日本の技術にも失地を挽回するチャンスが巡ってきた。

 米Sun Microsystemsの創業者の一人で副社長のBill Joy氏はこう語っている。「ゲームに勝つ確実な方法がある。自分のルールでゲームをすること」と。日本発のルールが主導権を握れるとは限らないが,ウインテル全盛時代の「米国の背中が見えない」「周回おくれ」といった状況から脱する機会が訪れていることは間違いない。

 反論もあろう。インターネットに関する日米の実態を客観的に比べると,「日米再々逆転」といった見方は楽観的に過ぎるかもしれない。インターネット普及率は,米国の30%に対して日本は13%ほど。インターネットを介した電子商取引の市場規模も,日本は米国の6%にしかならない。「またしてもダメか」と感じさせる数字が並ぶ。

モバイル+ネットに人とお金が集中

 一筋の光明は携帯電話の普及率。日本が41.5%であるのに対し,米国は29.6%と10ポイント以上の差がついている(以上の数字は,いずれも99年版ミニ経済白書から)。特にインターネットとの連携を図るiモードの爆発的な普及は「何か」を感じさせるに十分だ。この1月5日現在のiモード契約者数は316万5000件。2000年3月末には480万件に達するという。当初見込みを大きく上回る数字である。

 インターネットをアクセスするツールとして,携帯電話は有力候補の一つ。日米欧のIT技術者は,インターネット機能を備えた携帯電話とソフトウエア,サービスの開発にしのぎを削る。こうしたなか,iモードの急速な普及によるインストール・ベースの拡大は,日本の技術にとって有形無形の財産となる。

 たとえば一般ユーザが使い込むことによって,ハードウエアやソフトウエアの完成度が高まる。ユーザからのフィードバックが新たな製品企画やサービスを生む。使い勝手とサービスの向上が新規ユーザの獲得につながる。再投資するに十分な利潤を得ることで,技術やサービスの開発にいっそう拍車がかかる。こうした正のスパイラルが成立すれば,こっちのもの。Intel社のAndrew Grove会長が言うところの戦略的転換点(strategic inflection point)に到達し,新たな時代(産業)が目の前に開けてくる。

 資金に関しては,当面心配なさそうだ。iモードに限らずインターネット関連の事業に,どっとお金が流れ込んでいる。お金が流れるところ人が集まる。「インターネット・バブル」「サドンデスのババ抜きゲーム」的な側面があることは否定できないが,人とお金の集中が「次の何かを生む」ための素地になり得ることも事実だ。

Are You Ready ?

 日本のIT技術と技術者にとっての「失われた10年」は,ようやく終わろうとしている。インターネット全体を席巻するといわないまでも,モバイルの分野で重要な地位を占め,世界全体を相手にするチャンスが訪れている。あとは,この機会をシッカリつかめるかどうか。ここで技術者に出番が回ってくる。

 「新しい酒は新しい革袋に」という言葉がある。インターネットを軸にした新酒は出来上がりつつある。次は技術者(革袋)の番。では,インターネット時代を生き抜く新世代の技術者はどういうタイプなのだろうか。

 必要となりそうなのがサービスへの「嗅覚」。ユーザを引きつけ,儲かるサービスを見出す感覚だ。かつて「ハードウエア,ソフトウエアなければただの箱」「ソフトウエア,ハードウエアなければただの紙」といった言葉がよく使われた。これからは,これにサービスが加わる。サービスがなければ,ハードウエアはただの箱だし,ソフトウエアは紙(いまならCD-ROMといったところか)に過ぎないという訳だ。

 国内コンピュータ・メーカで携帯型情報端末の開発を担当する設計課長はこう語る。「ハードウエアを作ることはできる。ソフトウエアもそろっている。でもダメ。サービスが見えなければ,いまは製品を発表できない時代なんだ。我々にとって,そこが難しい」と。

 サービスへの嗅覚は,技術以外のことに無関心では磨けない。会社や専門の枠に閉じこもっていては,よいアイデアは浮かびそうにない。パソコンはインターネットにつながることによって世界を広げた。少し使い古された言葉だが,会社や専門の枠を越えた自らのネットワーク化について,技術者は今一度見直すべきかもしれない。

(横田 英史=BizIT編集長)