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 5月27日,テレビ・ゲーム・ソフトの頒布権(著作者が流通をコントロールする権利)を巡る裁判の判決が出た。この判決に関して同日,原告(販売店側)/被告(ソフト・ハウス側)両サイドが,それぞれ記者会見を開いた。被告側会見の席上,被告ソフト会社「エニックス」の福嶋康博社長が非常に気になる発言をした。「ゲーム・ソフトの開発費は膨らむ一方だ。売れる売れないに関わらず,開発には膨大な投資が必要。売れないソフトの開発費は,売れ筋ソフトの販売で回収しなければならない。そのためには,中古ソフトの流通過程でも我々著作者に何らかの利益が還元できる体制にしなければならない」(福嶋社長)。

 福嶋社長によれば,1つのゲーム・ソフト開発に対して,以前は数千万円程度の投資で済んでいたが,最近ではそれが数億円の規模まで膨らんできているという。売れようが売れまいが,1本開発するのに数億円。そして売れるソフトは5?6本に1本あるかないか。売れ筋ソフトで,売れなかったソフトの開発費まで回収しなければならない。だからこそ「頒布権」により,著作者(開発会社)の利益が守られるようにしなければならない --- 。

 ちょっと待って欲しい。確かに頒布権に関する議論は大切だが,それ以前にもっと別の問題についてソフト会社は検討すべきではなかろうか。そう,「売れないソフト」を作ったソフト会社自身の経営姿勢についてである。開発企画を進めたのもソフト会社なら,投資を決定したのもソフト会社自身の経営判断である。まさか最初から「このソフトは売れないや」としながら投資を決定したわけではあるまい。

 売れないソフトが存在する原因は,開発会社の経営判断ミス以外の何物でもないのだ。その経営判断ミスに言及せず,頒布権のみを声高に叫ぶのは,いかがなものか。記者には経営責任問題を頒布権(著作権)問題にすり替えているとしか見えない。そもそも売れないソフトの開発費を売れるソフトで回収するという発想は,経営判断の失敗による損失を一般消費者(特に子供たち)に肩代わりさせることにほかならない。

 「ゲーム・ソフトは,何本かに1本しかヒットしない。その1本で回収するのが業界の常識」とするゲーム業界関係者も多い。確かに1本の開発費が比較的少額で済んでいたころは,その「常識」が通用したかも知れない。しかし今やソフト1本の開発費は億単位。当然,投資に関する方法論も見直さなければならないだろう。

 頒布権について議論をするのは結構だ。しかし開発会社のビジネス・モデルにメスを入れ,経営そのものを抜本的に改革することが先決なのではなかろうか。でなければ仮に頒布権問題が決着したとしても,経営損失を一般消費者に肩代わりさせるという,ある意味で無責任な経営構造は変わないのである。そして必ず,投資回収に関する新たな問題が生じることだろう。

(田中 一実=ニュースセンター)