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 オープンソース・ソフトウエアLinuxの世界に,とてつもなく大きな「圧力集団」が誕生したようだ。

 IT産業に冠たる地位を築いてきた米IBM,NEC,日立製作所,富士通の4社が5月末に,共同でLinuxの機能強化を行い,その結果をオープンソース・コミュニティに反映させるための提案活動を積極的に推進すると発表したからだ。高い信頼性や可用性が要求されるエンタープライズ・レベルの基幹業務にLinuxを適応させるのが目的である。

 これまでLinuxは,フィンランド出身のリーナス・トーバルス氏のコントロール下で,数千人のソフト開発者たちが手弁当で参加し,機能強化に励むという,ソフト開発におけるある種の理想郷を追求してきた。トーバルス氏自身も,企業の利害がLinuxカーネルの行方を決めるようなやり方には反対するという態度を貫いてきた。

 IBMなど4社も,公式には「オープンソース・コミュニティを無視するものではない。Linuxの最新版“Linux2.4カーネル”に不満があるわけでもない。まして開発中の次世代Linuxカーネル2.5に影響を与える意図もない。4社の成果は必ずオープンソース・コミュニティに報告し,4社が開発した技術を採用するか否かの判断もコミュニティに一任するつもり」(米IBM広報)と,コミュニティの立場を尊重している。

 だが,話はそんなに綺麗なものでもないらしい。

IBM主導のシナリオ

 国産3社のある幹部は,「協業の話は2000年11月にIBMから3社に対し唐突に持ち込まれた。『Linuxを大企業ユーザーが安心して使える環境を作り“エンタープライズLinux”市場を開拓したい。そのためにはLinuxコミュニティを動かし,カーネルの修正にまで持ち込まねばならない。IBMが1社で提案するよりも4社の方がより効果的だ』という趣旨だったと理解している」と,4社“談合”の舞台裏を明らかにした。

 別のメーカー幹部は,Linuxに今年だけで10億ドル投下するIBMの執念めいたものを感じたという。さらにこう続ける。

 「IBMに引きずり込まれた格好だ。『IBMが巨費を投じて機能強化するLinuxにただ乗りさせない』という,強くなったIBM一流の脅しも見え隠れする。また我々も同じだが,90年代は米マイクロソフトや米サン・マイクロシステムズ,米オラクル,米EMCなどにしてやられた。しかし次のラウンドでは,我々がサービスを武器にリーダーに返り咲くことができるかもしれない。IT業界特有の歴史の繰り返しだが,そこにオープンソースのLinuxというツールがあった」と。

 Linuxに対する市場の風向きも,4社の協業を後押しする方向に吹きつつあるようだ。米国の専門誌ComputerResellerNewsによれば,米国のLinux専門ISV(独立ソフト会社)やシステム・プロバイダなどは一様に今回の4社提携を歓迎している。

 業界専門家のなかには,かねてから「いずれトーバルス氏は,Linuxで利益を生むために投資を開始した大手メーカーやISVの圧力にさらされる」とみる向きがあった。「いつまでも一人の人間がLinuxの進化を制御できるのか」「トーバルス氏がキーボードを叩き,何気ない電子メールで承認した事柄に業界が一喜一憂する開発の仕組みに多くの企業ユーザーが信頼を抱けず,それがLinuxの採用を遅らせている原因だ」といった疑問の声も一部の業界関係者から出始めていた。

 LinuxディストリビュータやLinux関連企業に対する投資家の関心が急速に冷えたのも,トーバルス氏の市場ニーズや投資家に対する無頓着さが原因の一つとも言われる。「ベンダー各社は経済的な効果を求めてLinuxに参入したわけで,株主の手前いつまでも慈善ではいられない。Linuxコミュニティの理想主義とベンダーの利潤追求のはざまで早晩,緊張が高まるのは避けられないだろう」(米ガートナー)との指摘もあった。

理想主義と商業主義の綱引き始まる

 問題は,4社がどのようなアプローチでLinuxカーネルをエンタープライズ向けに変えていくかだ。“いいものを作れば,Linuxコミュニティが採用する”と考えるのは,あまりにも甘すぎる。

 関係者によれば,「1人/8人/60人/1000人」と言われるLinux開発ピラミッド組織にどれだけ4社のソフト技術者を送り込むか,関係スタッフをどれだけ4社陣営に取り込むかという“政治力”にかかっている。

 Linuxは頂点トーバルス氏の下に8人のLinuxの行方に深く関わるアーキテクト兼メンテナーが存在し,その下部に60人のメジャー開発者がいる。それが1000人とされる世界中のプログラマに指示を与え,OS開発が進行する。8人のアーキテクトは主要ディストリビュータが占め,今のところIBMでさえ,60人の集団に4人程度送り込んでいるに過ぎない。国産3社は1000人のなかにチラホラだ。

 この状況を大きく変え,60人の大勢を押さえ,さらにトップ8人に食い込むところにまで勢力を伸ばすのは結構ホネの折れる仕事だ。しかし,幸いなことに8人の帰属先はビジネスに聡(さと)いディストリビュータなので,説得しやすいかもしれない。ほとんどのディストリビュータはLinuxのエンタープライズ進出に異論がないからだ。

 しかしディストリビュータのなかには,IBMの動きに警戒心を抱く向きもある。IBMがあまりにもメインフレームLinuxを持ち出すと,「サーバー統合ビジネスは,IBMがサービスまですべてカバーできる。これではビジネス・チャンスがなくなってしまう」と逆効果に成りかねない。

 Linux関連のハード,ソフト市場は2001年に40億ドルと,昨年に比べて2倍の規模になる見込みである。混迷する今のITマーケットではストレージと並ぶ数少ない有望市場となっている。このLinuxにIBMが本腰を入れ始めてからまだ1年もたっていない。にもかかわらずIBMは,巨大タンカーの舵をあっという間にLinuxにとり,今ではLinux最強ベンダーとなっている。

 昨年9月に米IBM社長兼COO(最高業務執行責任者)に就任したサミュエル・パルミザーノ氏は,10月にサーバーのブランディングを「eServer」に統一するとともに,全サーバーにLinuxを直接載せることを発表した。「IBM社内で不確実性の塊と不評のLinuxに対し,疑問を呈した幹部を全員切った」(情報筋)というほど背水の陣でLinuxに臨んでいる。

 このIBMの思惑に引きずられた国産3社を加えた圧力集団がLinuxをどう変貌させるか。理想主義と商業主義の綱引きが水面下で始まろうとしている。だが肝心のトーバルス氏は,なぜか4社提携にコメントを発しなかった。最近出版した自伝の売れ行きへの関心が勝ったのかもしれない。

(北川 賢一=日経システムプロバイダ主席編集委員)