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 2月21日付けの「記者の眼」で,「転ばぬ先の杖,IPv6バッシングが始まったとしても・・・」を書いた。IPv6に過度の期待を抱く傾向を研究者が危惧していること,IPv6ならではのアプリケーションを期待するのは難しいこと,それでもIPv6への移行は避けられないこと---などを紹介した。

 このコラムに対して,たくさんのご意見を頂戴した。どれも大変示唆に富んだ内容で,考えさせられることが多かった。そのなかに「IPv6への移行に関して,具体的な内容を整理し,わかりやすく簡潔に示してほしい」という指摘があった。なるほどと思い,この指摘に沿った回答に答えるべく取材を進めてみた。

 最初に,指摘された“明らかにすべきポイント”を整理しておく。それは,「IPv6への移行費用がどの程度かかるのか」「何に対してかかるのか」「IPv6へ移行したとき,IPv4環境はどうなるか」「IPv4はそのまま使えるか」「そもそもIPv6に移行しなければならないのか」---など。どれも,実際の運用を考える上で欠くことのできない情報である。

ネットワーク機器のIPv6対応は無償で

 まず移行費用から見ていこう。これは,「何に対してかかるのか」と密接な関係があるので,それと一緒に考えてみる。また,移行の段階によって状況が異なるので,ここではIPv6の導入が次の三つのフェーズを踏んで進んでいくものと仮定し,それぞれの場面ごとにまとめる。

 第1フェーズ:ネットワーク機器だけがIPv6レディになる(まだIPv6は動かさない)
 第2フェーズ:一部のコンピュータがIPv6レディとなり,限定された業務でIPv6通信が始まる
 第3フェーズ:IPv4とIPv6が混在し,ユーザーが意識することなく,IPv4とIPv6を使い分けながら利用する

 第1フェーズは,ネットワークでIPv6を動かすための準備段階。ネットワーク機器のIPv6化である。具体的には,ルーターとレイヤー3スイッチが該当する。これらの製品群をIPv6対応にするには,どの程度の費用がかかるのだろうか。今のところネットワーク機器ベンダーは,IPv6対応ソフトの有償化は考えていない。IPv4同様,基本ソフトにIPv6を標準装備するか,あとからIPv6機能を無償で組み込めるようにする考えだ。

 例えば,ヤマハはこの6月から,同社のルーター製品「RTシリーズ」向けIPv6ファームウエアを無償でダウンロードできるサービスを始めた。またアライドテレシスも,同社のルーター製品「ARシリーズ」向けのIPv6ファームウエアを,今秋からダウンロードできるようにする。このように,ネットワーク機器をIPv6対応にすることで特別な費用は発生しない。新製品の場合も,IPv6対応にするかしないかで価格が変わるケースはあまりないだろう。

OSのIPv6化は進んでいる

 第2フェーズでは,一部のコンピュータのIPv6化が始まる。このときIPv6対応が求められらるのは,クライアントOS,サーバーOS,そして各種の通信アプリケーションだ。IPv6はIP部分の変更なので,アプリケーションに影響がないと思うかもしれない。残念ながらそうはいかない。たいていの通信アプリケーションは通信相手をIPアドレスで特定するようになっているので,アプリケーション側もIPv6アドレスに対応する必要がある。

 OSについては,相当なところまでIPv6対応が進んでいる。UNIX系OSに関しては,Linux系もBSD系も標準装備しており,米サン・マイクロシステムズのSolarisもIPv6を備えている。Windows系OSにしても,製品版こそないが,Windows2000ならプレビュー版のIPv6ソフトを組み込めばIPv6対応となる。そして,最新のMac OSと年内出荷予定のWindows XPは,はじめからIPv6レディである。

 アプリケーションはどうか。代表的なサーバー・ソフトである「Apache」(Webサーバー),「Bind」(DNSサーバー),「sendmail」(メール・サーバー)の最新バージョンは,UNIX環境向けのものはどれもIPv6に対応済みだ。UNIX系アプリケーションでは,クライアントもIPv6対応になっていることが多い。

 ただし,Windows系はまだまだ少ない。ブラウザとしてはInternet Explorer(マイクロソフト)が,メーラーとしては「Winbiff」(オレンジソフト)がある程度だ。ただIPv6化のための費用は発生しない。こうしたことから,Windows XPが出荷されれば,Windowsアプリケーションは徐々にIPv6対応となっていくだろう。

 第2フェーズになるとIPv6ネットの構築作業が発生してくる。最低限必要なのは,ルーター設定とDNSサーバーへのIPv6アドレスの登録。作業量は,IPv4のときとあまり違わない。

 個々のマシンでのアドレス設定は,基本的に不要である。IPv6ソフトは,ルーターからアドレス情報を得るなどして,自らのIPv6アドレスを自分自身で作り出す機能を備えているからだ。この部分はIPv4にはなかったものである。IPv4では,DHCPサーバーをおき,クライアントのTCP/IP設定で「DHCP利用」をセットしてはじめてアドレス設定の自動化が完了する。IPv6とIPv4を比較すると,DHCPサーバーを別途用意しなくていいことと,クライアント側でDHCP利用を設定しなくて済む分だけ,設定作業は楽になる。

移行コストで大きいのはプロバイダ料金

 第3フェーズでは,IPv4マシンとIPv6マシンとの間で,自由にデータ交換できる仕組みが求められる。現段階のIPv6対応OSはどれも,IPv4とIPv6の両方を同時に実行できる「デュアルスタック」なので,これらの間で通信するときは最初にどちらのプロトコルを使うかを決めて通信する。

 ただし,ネットワークが大規模になると,IPv4しか話せないマシンが残っていたり,IPv6しか話せないマシンがつながるかもしれない。そうなると,IPv4とIPv6を相互変換する機器(またはソフト)である「トランスレータ」が必要になる。例えばワイ・ディ・シーは,2001年1月にIPv6ネットからIPv4ネットへアクセスするためのトランスレータ「TTB」(価格は95万円~)を発売した。

 トランスレータに関してはさまざまな手法が提案されており,激しい開発競争が続いている。ワイ・ディ・シーのように専用機器として提供する方法もあるが,ルーターの機能として組み込まれるようになる可能性もある。ルーター・ベンダーのなかには,トランスレータ機能やトンネリング(IPv6パケットをIPv4パケットに格納して中継する技術)機能を,IPv6ルーターの標準機能と考えているところもあるからだ。そうなれば,追加費用なしでトランスレータを利用できるようになるだろう。

 第2フェーズ以降で気になるのはプロバイダの料金。現時点でのIPv6サービスは,通常のIPv4による専用線接続サービスにIPv6トンネリングを付与するスタイルが一般的。NTTコミュニケーションズ,IIJ,KDDI,OMP,Jens,NEC,日本テレコムなどが提供中である。ただし,NTTコム以外は実験サービスなので,料金は無料である。

 NTTコムは実験サービスのときは無料だったが,2001年6月から有料化(本サービスへ移行)した。NTTコムのIPv6トンネリングの使用料は2500~5万円/月。例えば128kビット/秒のOCNエコノミー(3万2000円/月)のユーザーは,2500円/月を追加すればIPv6トンネリングを利用できるようになる。

 IPv6によるインターネット接続サービスの形態はトンネル・サービスだけでない。ネィテイブ・サービス(IPv6だけで接続するサービス)やデュアルスタック・サービス(IPv4とIPv6を同時にサポートするサービス)もある。NTTコムはネイティブ・サービスも始めているが,プロバイダを対象とする高品質サービスのためか,料金はIPv4専用線接続サービスの数倍と高い。各社の実験サービスはどれも来年には本サービスへ移行しそうなので,その時点でおおよその料金水準が見えてくるだろう。いずれにしても,IPv6サービスの料金がIPv6運用コストのなかで占める割合は大きくなりそうだ。

 なお,移行コストでもっとも算定しにくいのはシステムの設計・構築・運用に関するコストだ。前述のクライアントでのアドレス設定のように作業が楽になる項目もあるが,これも含めてIPv6ネットを動かすには,IPv6独特のしくみを知っておかなければならない。作業内容はたいしたことがなくても,そこにたどり着くための知識が必要になる。

 例えばDNSサーバーの設定。DNSサーバー・ソフトとサーバーOSをIPv6対応にしても,それだけではDNSサーバーはIPv6ネットの役に立たない。むしろ,IPv4環境のままでいいから,マシン名とIPv6アドレスを対応付けるための新しいリソース・レコード「AAAAレコード」を登録する方がユーザーの役に立つ。こうしたIPv6ならではの基本知識を管理者が持っていないなら,外部のエンジニアに設計・構築を依頼することになる。そのコストは結構重くなるかもしれない。

 移行費用はこれくらいにして,次に進もう。次の二つの質問,「IPv6環境になったとき,IPv4環境はどうなるのか」「そのまま使えるのか」は,それぞれ一言で回答できる。答えは,「IPv4環境はIPv6の影響をまったく受けない」と「そのまま使える」である。

IPv6化を考えるあなたに贈る

 最後の「IPv6に移行しなければならないのか」という質問については,残念ながら万人向けの明確な答えは見つけられなかった。というのは,今後数年の間にIPv6の企業導入が始まることはほぼ間違いないが,だからといってすべての企業がIPv6に移行する必要性があるわけではないからだ。

 IPv6は将来的に普及することが見込まれるプロトコルであるものの,それでも単なる通信の手段にすぎない。例えばIPv6はIPsecと呼ぶ暗号通信機能を備える。だが,セキュリティを確保する手段はほかにもある。IPv6を使うか,それ以外の方法を使うかは,管理者がそれぞれの技術的特徴と,自らのネットワーク構成を十分に考慮し,総合的に判断して決めることである。別の言い方をすれば,管理者が「IPv6は不要である」と判断したのなら,それが答えなのだ。

 ただし,「IPv6に移行すべきかどうかを適切に判断するには,どうすればいいか」という質問になら,答えはある。IPv6の製品,サービス,技術,用語,使い方などに関する知識を,一通り身につけておくことだ。目新しさのない答えで恐縮だが,こればかりは仕方がない。正しい知識がないと,適切な判断は下せない。注意したいのは,情報はできるだけ新しいものを選ぶこと。この1~2年で,IPv6を取り巻く世界は大きく変わっているからだ。

 長いコラムになってしまった。簡潔とは言い難い。まだまだ文章力を高める努力が足りないようだ。最後に一つだけ。ここまでこのコラムを読んできたあなたは,IPv6に少なからず関心があるはず。ぜひ,「v6start.net」サイトをのぞいて欲しい。きっと,あなたの知らないIPv6の世界に触れることができるだろう。

(林 哲史=日経NETWORK副編集長)