理念先行の傾向が強かった「ナレッジ・マネジメント」(KM)だが,ここにきて実務上の効果を生む例が現れ始めた。1997年~1998年ころには一大ブームを巻き起こしたが,当時は経営理念の色彩が強く,何を改善するのかといった具体論になると途端に弱点を露呈していた。

 過去のブームが定着しなかった背景には,方法論の欠如以外にも企業内のITインフラの未整備,ソフトウエア・ツール群の不足などIT環境に起因する問題もある。ここ数年のインフラ整備は加速度的に進んでおり,部署別の部門サーバーや企業内WWWサーバーは激増している。これがKMの現実的応用の基盤を支えている。

人材流動化と企業の繁栄を両立させる

 KM自体は1995年ころに米国で唱えられた経営改革運動である。1990年代の米国の繁栄を裏打ちする理論的支柱の一つともいえる。米国は1960年代から1980年代と続いた長期の経済的低迷期を脱して,市場の規制緩和とグローバル化に踏み切ることによって新しい経済モデルを提示した。数多くのベンチャー企業の出現が経済を活性化させ,新たな産業と雇用を生み出す好循環を呼んだ。

 確かに1990年代の米国経済は活性化したが,その一方で人材の流動化も生んだ。人々は起業や転職によって新天地を求め,それが経済拡大のバロメータともなった。この環境のなかで企業の存続を保障した理念がKMといえる。転職率の高い状況下で企業を存立させていくには,個人の知的資産や業務上の知見を企業内に定着させることが条件になる。人材の流動化と企業繁栄の両立。これが1990年代米国モデルに課せられた宿命でもあった。

 KMの経営理念が登場した背景には,1990年代の米国産業全体が急速に第3次産業化を深めていった事情もある。ハイテク産業だけでなく,金融その他の旧来型産業も知識集約型に変身することによって米国経済は復活を果たした。全体的に「製造」よりは「企画」と「開発」に軸足を移した。企画と開発を支える経営資源は「ナレッジ」(知的資産)である。これを重視する経営手法がナレッジ・マネジメントのもう一つの側面と言える。

SFA・CRMの基盤を支えるナレッジ・マネジメント

 ただし米国を支えたKMは経営理念であり,それ自体は特にITとは関係なかった。経営者がトップダウンに組織内に浸透させる理念の色彩が濃い。ところが日本や米国における最近のKMの実用化は,その理念よりも実利的な業務から始まった。いわば“高級”な理念はとりあえず棚上げして,成果がはっきりと目に見える仕組みとして社内システムに取り入れる動きである。

 そのなかで比較的効果が明確に表れる利用形態がある。それはSFA・CRMといった顧客密着型の営業活動の分野だ。SFAでは社内のイントラネット・サーバー上で提案書の雛形を共有したり,過去の折衝プロセスを参照する,といった形で「知識」の活用サイクルが生まれる。

 CRMでの活用法として目立つのが,コール・センター情報の分類・分析である。文書情報の数が圧倒的に多いので,これまではおおまかな分類や個別対応しかできなかった。この作業に最新のソフトウエア・ツールを適用することによって,問題の系統的分類や原因追求,FAQデータベースの整備などが可能になった。この結果を開発部門やマーケティンブ部門にフィードバックして,新製品開発やそのプロモーションに活かす例も出ている。

 SFA・CRMは典型的な例で,実際のKM事例は広範囲に分布している。文書が蓄積されていれば,各部署の創意工夫で知識の活用サイクルが生まれる。教科書通りのパターンは少なく,それぞれがユニークな特色を持つ。実は経営理念としてのKMは日本的な組織のモデル化とも言えるが,逆輸入されたそのモデルは皮肉なことに極めて実務的な知識活用という形で実用化が進んでいる。

(高千穂 彰=技術研究部 主任研究員)