昨年10月22日の『記者の眼』で英国のシリコン・バレーと呼ばれるケンブリッジ地方に新技術を開発するベンチャー企業が続々生まれている話を紹介した(当該記事)。国内のメディアでも例えば,2002年1月14日号の日経エレクトロニクスにおいて,英国のマイクロプロセサ・コア技術のベンダーであるアーム社(ARM Ltd)の特集が掲載された。英国の電子情報技術にようやく注目が集まり始めたといえる。

 そのようななか,また一つ新しい技術が英国からやってきた。IA(情報家電)機器への応用を狙い,小さな画面にペンをなぞるだけで拡大縮小が自由自在にできる新しいソフトウエア,ePAGEだ。開発したのは,英国のピクセル・テクノロジーズ社(Picsel Technologies)である。

 1998年,スコットランドのグラスゴーに本社を設立した同社は,アーム社と同様,技術をライセンスにより供与してライセンス料を得,さらに製品に組み込んだ後にロイヤルティとしても収入を得るというビジネス・モデルをもつ。

 今の日本のITベンダーに必要なのは,同社のように開発した技術や製品に対してライセンスおよびロイヤルティによる収入を本格的に求めていくことではないか。

 これまでは独自技術を開発してもライセンスを提供しなかったり,あるいはいたずらに防衛特許に走り独自技術に重きをおかなかった。今の時代,自社技術を隠していてもいずれ漏れてしまう。日亜化学工業の青色LEDが良い例だ。法廷論争を招き膨大な費用がかかっている。

 また,他社の特許とバーターするために,ひたすら特許出願件数の多さだけを競う防衛特許を出願しても収入にはつながらない。いずれのケースもいたずらに弁護士,弁理士にお金を貢ぐようなもの。それならば,いっそのこと,きちんとライセンスするほうが,ビジネス上でも危機管理上でも得策だろう。

 これから紹介する英国のピクセル社のePAGEソフトウエアはこれまでにない独自の技術であり,今後の開発製品のヒントになると思う。

日本の携帯電話キャリア,携帯電話メーカーとも交渉中

 このソフトウエアは,携帯電話やPDA,デジタルカメラなど小さな液晶画面しか使えない装置にインストールする。ペンを画面の下から上へ斜め方向になぞると画面の内容が拡大,上から下へなぞると縮小するというもの。アンチ・エアリアス処理により,ほぼリアルタイムでくっきりした拡大文字や拡大画像が見える(同社WWWサイトの関連情報)。

 Microsoft WordやPowerPoint,PDFなどのフォーマットだけではなく,JPEGやTIFF,MPEG-2/4などさまざまな画像,映像のファイルをもこのソフトウエア上にのせることができる。

 このソフトウエアを例えば携帯電話にインストールすると,テキストだけのブラウザではなく画像,図形など豊富なコンテンツを見ることができるようになる。すでに日本の携帯電話キャリヤ,携帯電話メーカーとも話し合いに入っており,第三世代の携帯電話に標準装備される可能性がある。

 インテルにもこのソフトをライセンスしている。インテルはこのソフトをStrongARMにバンドルすると見られている。さらに,インテルがARM v5をベースに開発したXscaleマイクロアーキテクチャ・プロセッサにもこのソフトは使える。ただし,消費者向けにはこのソフトは販売しない。

 ピクセル社がインタラクティブ・ファイル・ビューワと呼ぶこのePAGEは,WindowsCE, Linux, Symbian, PalmOS, μITRONなどのOS上で動作するだけではなく,リアルタイムOSが要求されればそれにも対応するという。基本的なプロセサはARMコアあるいはStrongARMコアをベースとする。

 プログラムサイズは500Kバイト程度しかないため,例えば最大クロック周波数206MHzのStrongARMを70MHzで動作させ,消費電力を下げても320x240 LCDのビューワー動作には支障がないという。グラフィック処理はすべてこのソフトウエアだけで行うためマイクロプロセサの処理能力にはほとんど関係しないのが特徴だ。

 静止画像の上に動画をかぶせることで,テレビ電話も実現可能だ。画像を見ながら交信相手の顔を動画として重ね合わせると,画面のデータと相手の顔を同時に見ることができる。

IAは日本企業が得意な分野,ピクセル社の手法は手本になるはず

 ピクセル社は,ePAGE製品のみを扱うシングル・プロダクト企業だ。ポストPC時代を見据え,パソコンは将来も生き残るが,パソコン周辺機器はパソコンから独立していくだろうと考えた。例えば,プリンタなら,パソコンを介さず,インターネットを直接アクセスし,データをプリントアウトする,ということが可能になろう。

 すなわち,パソコン周辺機器がインテリジェントになる。小さな液晶画面のあるプリンタや周辺機器がインテリジェントになると何が必要になるかを追求し,ePAGEは考案された。

 IAの分野は日本企業が得意な分野だ。独自技術を生み出せる能力も高い。ただし,一つのユーザーにしか使えない技術では独自でもダメだ。

 ピクセル社の技術開発手法を参考にして,多数のユーザーの要求をまとめ,最大公約数的な仕様をもつ独自技術を開発する手法を早く身につけ,ライセンスで世界に出ていくことこそ,日本のIT企業が次の成長軌道に乗る方法ではないだろうか。

(津田 建二=日経エレクトロニクス・アジア,チーフ・テクニカル・エディター)