このところ日経コンピュータの誌面で,IT(情報技術)による日本企業(日本社会)の再生・再興という思いを込め,「ITルネッサンス」という言葉を繰り返し使っている。

 ここで言うITとは,バブルがちょっと弾けると,途端に“IT不況”と呼ばれてしまう足腰の弱いものではない。ビジネスや企業経営にしっかりと根付き,業務プロセスや組織,商習慣,企業文化を変え,さらに進化させる可能性を秘めたITを指している。

 良く知られているように,ルネッサンスとは14世紀から16世紀にかけて,イタリアを出発点に欧州全土に広がった文化の革新運動である。教会や封建制度などの過去のしがらみから人間を解放するとともに,学問・科学・政治・社会に清新な機運を引き起こした。

 特に筆者が注目するのは,「過去の呪縛から解放されることで急激に活力を取り戻し,社会や人間がハツラツとして力を発揮するようになった時代」という点である。いま日本企業に求められるのは,まさにこれである。

 もちろん現実は厳しい。「失われた10年(正確には失った10年だが,ここでは一般に使われる用法に従う)」を過ぎても,日本の企業は相変わらず重苦しい空気に包まれている。

 大手メーカーの事業部長クラスが,「今の私の仕事は,社内での評価が“C”や“D”の社員に退社を促す肩たたき」と嘆くなど,苦しい状態が続く。このまま進むと,次の10年も失うことになりかねない。「過去の“成功体験”に縛られ,なかなか自己改革できずに立ち止まっている企業が多い」(フューチャーシステムコンサルティングの金丸恭文社長)のが現状だが,立ちすくんではいられない。経済的にも精神的にも余裕はなくなってきた。もう待ったなしだ。

 次の10年を失わないためには,旧来のしがらみにとらわれない新しい仕組みを取り入れた企業のルネッサンスが急がれる。そして企業改革を支えるものの一つは,間違いなく“IT”である。

「時分の花」から「まことの花」へ

 ではITルネッサンスを成し遂げるために,日本企業はITとどのように向き合うべきなのか。こうした問題意識のもとで生まれたのが日経コンピュータ4月8日号の特集「ITルネッサンス」である。

 ITルネッサンスといっても,闇雲にITを使えばよいというわけではない。高価な有名パッケージ・ソフトを買えば,それで事足りるというものでもない。流行やブランドに安易に流されるのは禁物である。

 「時分(じぶん)の花」「まことの花」という言葉がある。広辞苑を引くと,前者は「若さという好条件によって現れる一時的な面白さ」,後者は「鍛錬と工夫を究めて得た真実の面白さ」を意味する。日本企業における現状のITは,残念ながら多くの場合,その場限りの「時分の花」のレベルにとどまっている。

 ITという言葉,あるいはCRM(顧客関係管理)やSCM(サプライチェーン管理)といった流行の3文字略語に,意味や必要性を見極めることなく飛びついてはならない。これでは,一時的にもてはやされるものの,長続きしない。「時分の花」のレベルから脱することはできない。単なる新しさは,次の新しさに常に脅かされる。

 極端な話,目新しい3文字略語が登場するたびに取って代わられるITになりかねない。これではフワフワ漂うだけである。いつまでたっても企業に根付かない。とうてい,ルネッサンスにはつながらない。

 ITが「まことの花」となる上で必要なのは,「自社にとってITとは何か」「何のためにITを使うのか」という本質をとことん考え抜くことである。JTBの佐藤政史情報システム担当取締役はこう語る。「ITやシステムを使えば何でもできるという過剰な期待がある。しかし,この考えは危険だ。『ここはITを使わない』『この目的のためにはシステムは作らない』といった発想が必要になる」と。

 そしてシステム構築が自社にとって必要だと見極めがついたら,身の丈に合った手段で作り上げ,徹底的に使いこなす。そうすることでITは,「まことの花」のレベルにまで引き上げられる。

 もちろん,「言うは易し,行うは難し」である。一朝一夕に実現できるものではない。だからといって,立ち止まってはいられない。「業務を効率化するだけのために情報システムを作る時代は,とうの昔に終わっている。新しい発想でシステムを作っていかなければ,企業は立ち行くなくなる」(ブリヂストンで32年間にわたりシステム担当者だった経験を持つ佐伯正勝氏)のだから。

 最後に,弊誌が4月8日号の特集で提起した「ITルネッサンスを実現するための7カ条」を紹介して,このコラムを締めくくろう。

第一条:みんなで理解し,みんなでつくる
第二条:システム部門の使命は業務の問題解決
第三条:ベンダーの提案は“鵜呑み”にしない
第四条:ベンダーと良い関係を築き,プロジェクトを成功に導く
第五条:パッケージへの妄想を捨てろ
第六条:いくら“先進的”でも,使いこなさなければ無意味
第七条:システムを持つ,持たないは「適材適所」で

(横田 英史=日経コンピュータ編集長)