いま,企業情報システムの分野で興味深い動きが見られる。新たな「システム基盤」を自ら構築するユーザー企業が急増しているというのがそれだ。

 「システム基盤」という言葉はピンと来にくいかもしれないが,要はアプリケーションの構築からテスト,運用までを効率化する仕組みの総称である。アプリケーションでよく使われる機能を汎用化したソフトウエア部品,新たに作成するアプリケーションをメインフレーム上で動作する既存アプリケーション(レガシー・アプリケーション)と連携させるためのミドルウエア,アプリケーションのテスト環境,さらにシステム基盤を利用する開発者向けの教育体系までを含む。

 ユーザー企業各社が構築を急いでいる“新たな”システム基盤は,主にWebアプリケーションの構築や運用を支援するものを指す。「目標は,情報システムの新規開発に要する期間を従来の3分の1に短縮すること。システムの開発費用は,将来的に従来の10分の1に抑えることができるはずだ」。新システム基盤を構築した代表的なユーザー企業である安田火災海上保険の担当者は,自信満々にこう語る。安田火災は2年半の歳月と10億円をかけてシステム基盤を整備した。その力の入れようは半端ではない。

 「プログラム全体のコードの3割を新規に書くだけで,アプリケーションを構築できるようにしたい」。サントリーは新たなシステム基盤の実現により,こんな野望を抱いている。2003年にこの形で構築したアプリケーションの第1号を稼働させ,2004年には全社のシステム開発プロジェクトの半数を「コード3割記述」で実現する計画だ。

 安田火災やサントリーは,ほんの一例にすぎない。日経コンピュータが2002年2月25日号で新システム基盤の特集を組んだ際には,これら2社に加えてアメリカンファミリー生命保険などユーザー企業9社におけるシステム基盤開発・活用の実態を報告した。その後も,新たにシステム基盤を構築した,あるいは着手しているという企業が相次いで登場している。

経営もシステム開発も「スピード」が命

 いま,なぜユーザー企業は矢継ぎ早にシステム基盤の構築に乗り出しているのか。最大の理由は,システム開発に一段と「スピードアップ」が求められていることにある。

 社内システムであれ,顧客向けのシステムであれ,取引先や代理店などに向けたシステムであれ,いまやシステム開発案件のほとんどは何らかの形でWeb技術を採用している。ところが,Webアプリケーションの構築が一筋縄ではいかないのは,既にあちこちで指摘されているとおり。技術が多種多様だし,使用するミドルウエアの組み合わせのパターンがあまりに多く,テストもやっかいだ。さらに,システム基盤を構築しているユーザー企業の多くはメインフレームを使用しており,その上で動くアプリケーションとも連携させる必要もある。

 一方で,情報システムに求められる納期は短くなる一方だ。あるユーザー企業は,「ほぼ同じ内容のシステム構築案件でも,以前は半年と言われていたのが現在は3カ月で仕上げてくれと言われる」とこぼす。景気低迷のおり,各企業の経営判断にこれまで以上のスピードが要求されている以上,経営を支える情報システムにスピードが求められるのは当然である。

 言わずもがなだが,システムを早く作ればよいわけではない。「みずほ銀行」の例を持ち出すまでもなく,きちんと動くシステムでなければ意味がない。どれほど小規模のシステムであっても,ダウンしたり誤った処理をするのは言語道断である。

 いったい,どうしたら複雑な技術を使った情報システムを早く,確実に実現できるのか。常識的に考えれば,「使いまわしができるものをできる限り使いまわして,新規にやるべき作業の量を削減することで,アプリケーションの開発や実行の作業を可能な限り効率化する」しか手はない。これを実現するのが,ユーザー企業各社が手がけている新システム基盤なのである。

システム部門の“元気のよさ”を生み出す

 実は,ユーザー企業がシステム基盤の構築に積極的な理由はもう一つある。ユーザー企業の情報システム部門が,システム基盤を「自らの存在価値を高める手立て」と位置付け力を入れているからだ。

 システム基盤によって,経営トップが望む情報システムを質・コスト・タイミングともに計画通りに構築できるようにすれば,情報システム部門の“価値”は大きく向上する。これが要員のモチベーション向上につながるわけだ。実際,新たにシステム基盤を構築したユーザー企業のシステム部門の担当者にお会いすると,「元気のよさ」がとても印象に残る。

 システム基盤の考え方は,特にJavaの世界で普及しつつある「フレームワーク」と共通する部分が多いと思われる方もいるだろう。確かにフレームワークもシステム基盤も,目指す方向は同じである。基本的に,フレームワークはシステム基盤の主要要素の一つと言える。

 フレームワークは主にソフトウエアに関する概念であるのに対し,システム基盤が指すものはもう少し範囲が広い。例えば,レガシー・アプリケーションとの連携環境やアプリケーションのテスト環境は,ハードやネットワーク込みの“システム”の形で基盤として用意する場合が多い。

 最後に恐縮であるが宣伝を一つさせてほしい。日経コンピュータでは,ここまで説明した新しいシステム基盤について,もっと多くの方々にその実像や効果を理解していただくことを目的にセミナーを企画している(概要やお申し込みはこちら)。

 安田火災海上保険とアメリカンファミリー生命保険の方が,自ら構築したシステム基盤の実際を説明するほか,「プログラムはなぜ動くのか」の筆者である矢沢久雄氏が,システム基盤のような仕組みが登場する時代のアプリケーション開発者像を紹介する予定である。この機会に,アプリケーション開発の“新常識”とも言えるシステム基盤にトライされてみてはいかがだろうか。

(田中 淳=日経コンピュータ副編集長)