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 「なぜ日本のIT産業には,トヨタやホンダのような世界に通じる強い企業が登場しないのかね」

 6月20日の夜,日本経済新聞のある部長と会食した際に,こう聞かれた。この部長は筆者の師匠の一人である。筆者が18年前,記者になり日経コンピュータ編集部に配属になったとき,この師匠が日経から出向してきた。それから2年間にわたって,実にしごかれた。今でも時々会って,「谷島は進歩がない」と怒られている。

 冒頭の質問に筆者は次のように答えた。「車は何年たっても車だが,コンピュータは数年前のコンピュータではない」「仮に汎用部品を使ったとしても,自動車の場合,作り込みの余地が大きく,高品質の車を作る企業とそうでない企業に分かれる。しかし昨今のコンピュータは同じ部品を使っており,最終製品において品質の差はほとんどない」「車はメカがたくさんあるが,ITにはあまりない」「ソフトは目に見えないので日本の強さが生かせない」

 8年ほど前であったろうか,ほぼ同じやりとりを米国でしたことがあった。米国に出張したときに,現地ソフト会社の指揮をとっていた日本人の方に同じ問いを投げかけられた。正確に言うと問いというより批判であった。彼は国産コンピュータ・メーカー数社の実名を挙げ,強い口調で叱咤していた。

 「米国に住んでいると,トヨタやホンダが立派なブランドになっていることが分かる。それに引きかえ,日本のコンピュータ会社はまったくプレゼンスがない。実に情けない」

 そのときに筆者は,「コンピュータは車と違って技術革新が早い」だの,「パソコンはコモディティになっており,日本企業の強みを出しにくい」などと言ってみた。8年経って,日経の部長にも同じ回答をしたわけで,確かに進歩がない。ちなみに,その米国在住ソフト会社経営者は筆者の説明にまったく納得せず,「トヨタやホンダの経営者に比べ,国産コンピュータ・メーカーのトップの志が低かったからだ。IBMの物まねばかりしていたからこうなった」と息巻いておられた。

 日経部長のやり取りをもとに,7月1日,筆者のWebページ「谷島宣之の情識」に,「IT産業と自動車メーカーの差」というテーマの短文を掲載した。すると数人の愛読者からメールをいただいた。

 また,7月3日付の日経産業新聞に,「なぜパソコンは弱いか」というコラムが載った。日本のIT産業と,自動車や精密機器メーカーを比較した内容である。その中に,「能力構築競争」(藤本隆宏著,中公新書)が紹介されていた。

 藤本氏は東京大学の教授で,自動車産業を長らく研究されている。日経の部長と話をしたときも,藤本教授の「日本企業は擦り合わせが必要な分野に強い」という説が話題になった。早速,能力構築競争を買い込んだ。

 以下では,読者とのやり取りと,能力構築競争を基にして,なぜIT産業のトヨタが生まれないのかを考えてみたい。

ITでは擦り合わせが効かない

 能力構築競争は非常に面白い本なので,ぜひ読んでいただきたい。自動車とパソコンの違いに関する記述の骨子は次の通りである。

 「日本企業は,インテグラル型のもの造りに強い。インテグラル型製品とは,独自に部品を設計し,しかも各部品の設計を調整して全体を生産しなければならないものである。擦り合わせとは,この調整を指す。これに対し,汎用部品を組み合わせて製品を作れるモジュラー型製品になると,日本の強みがなかなか出せない」

 もう一つ,製品アーキテクチャがオープンかクローズかという見方が紹介されている。部品間のインタフェースが産業界で標準化されているのがオープンである。日本企業は,インテグラル・クローズ型に強い。その典型が自動車というわけである。

 一方,モジュラー・オープン型の典型がパソコンとなる。パソコンの中でも,ノート型は擦り合わせの余地があり,日本勢は多少気をはいている。メインフレームはモジュラー・クローズ型に分類されている。メインフレーム用プロセサの設計・製造になると,もの造りの要素が大きくなる。実際,日本勢は一時,米国におけるメインフレーム事業で大成功した。IBMからハード・ディスク事業を買収した日立製作所は,デンソーになれるだろうか。

 IT産業の中で,ソフトはどうであろうか。藤本教授は著書の中でパッケージ・ソフトをモジュラー・オープン型に分類している。ここは意見が分かれるところである。確かに,ソフト製品は機能ごとに部品を分けて作るので一見するとモジュラー型になる。だが,各部品は複雑に関係しているので,インテグラル型といえなくもない。また,ソフト製品は,いくつかのインタフェース情報が公開されており,業界標準もあるので,オープン型に見える。しかし,製品内部のインタフェースは非公開だから,クローズ型とも言える。

 ここまで書いて,複数の国産コンピュータ・メーカー首脳が,「設計情報をすべて開示してくれれば,MicrosoftよりはるかにできのいいWindowsを作れる」と豪語していたことを思い出した。ひょっとするとソフトは,インテグラル・クローズ型なのだろうか。Microsoft本体は基本設計とマーケティングを担当し,開発を日本メーカーにアウトソースすれば,素晴らしい製品ができるかもしれない。

業界標準を日本はとれない

 ソフトがインテグラル・クローズ型なのであれば,日本企業が頑張る余地があるはずだ。しかし,今度は,「業界標準をとる」というやっかいな問題が出てくる。ここで読者の意見を紹介する。


【読者の意見】
 自動車とITの差を考えると,互換性の問題が一番大きいと思います。車の場合は他とのインタフェースとなる部分は,ユーザー・インタフェースと,タイヤと路面の関係しかないと言ってもいいでしょう。カーナビとGPS衛星といったものもありますが,今のところは車本体とは関係ないものです。互換性の必要があるのは運転方法だけで,あとは好きなだけ独自技術を取り入れた差異化が可能です。

 これに対してコンピュータやネットワークの世界では,他社のシステムとの互換性こそが命です。そのためにどれも同じようなアーキテクチャになってしまい,独自技術を用いて差異化を図ることは,なかなか難しいことになります。

 もちろん差異化できないことはないわけですが,新たなデファクト・スタンダードとなるような優れた技術を導入するか,芸術的センスを要するような画期的なユーザー・インタフェースを開発するといったことが必要です。デファクトについては技術というより,巧妙な戦略が必要なのかもしれません。いずれにせよ,日本のメーカーが得意な「カイゼン」といったレベルでは,せいぜいコスト・ダウンぐらいしかできないと言っていいでしょう。


 さきごろ開かれたIT Japan2003という弊社のイベントで,日本ヒューレット・パッカードの樋口泰行社長は,「コンピュータは互換性や標準がある世界なので人口の多い国が勝つのはやむを得ない面がある」と述べていた(関連記事)。

 また,NECの西垣浩司副会長が社長時代,「どんなに技術力があっても,ITの世界で日本がデファクトをとることはできない。日本がデファクトをとることをアメリカが許さないからだ」と述べたことがあった。

 ただし,ERPパッケージはドイツが,CAD/CAMはフランスがそれぞれデファクト・スタンダードに近い製品を生んでいる。やはり国家戦略,企業戦略の問題かもしれない。読者の方のいう「巧妙な戦略」は日本企業が特に苦手とするところである。

 もっとも日本が技術の世界標準を決め,市場を席巻した製品がある。ソフトではないが,VHSやファクシミリがそうである。ファクシミリの標準規格作りには,日本勢が大きく貢献した。産業技術史に詳しい方から聞いたところによると,ファクシミリの開発が始まった当時,電電公社総裁が「企画を一本化しろ」と命令したことがきっかけという。

 さて,ソフトについては読者から,「国民性がソフトに合わない」という指摘もあった。


【読者の意見】
 トヨタのもの造りがソフトに生かせるかどうか,というより,単に情報の価値が日本で低いだけです。そもそも,誰が発信した情報か,ということに無頓着です。情報はタダ,情報は目に見えない,情報は簡単に複写できる,といった特性があるからでしょう。

 アニメや漫画がこれだけ隆盛を極めたり,同人誌に携わる人が山のようにいるのも,コピーが許され,ちょっと変えておけば誰からも非難されないからです。武道や芸能でも「守破離」と言います。大抵は「守」どまりですが。日本でコピーは推奨されてきたのではないでしょうか。よいことはどんどん皆でマネをして,皆で幸せになろう,という考えです。

 周囲を見ても,幹部候補生や旧帝大出の先輩社員たちに資料を無断で丸々使われるのは私に限ったことではありません。社内で一番えらいエンジニアの総責任者ですら,「ソフト,タダで使えんのか」とシステム管理者に頼み込むほどです。こうした光景は日常茶飯です。自分だけは犯罪の片棒を担がないように気をつけてはおりますが。

 ついこの間までほとんどが農民で,みんなと同じことをやらないと子孫を残せなかった国民です,それゆえ,コピー文化はむしろ自然なのかもしれません。情報の価値が低い日本の強みの現れがトヨタなのではないでしょうか。


 もう一つ,ソフトについて次のような意見をいただいた。


【読者の意見】
 「なぜ日本のIT産業は自動車産業のようにならなかったのか」という疑問の解は,「ソフトウエア開発を誤解している」からだと思います。

 IT産業における競争力は多くをソフトウエアに依存します。そのソフトウエアの開発能力においてアメリカ企業に大きく遅れをとりました。

 遅れをとった理由は,何のためにソフトウエアを開発するのかということを忘れたからです。ビジネス上における,ソフトウエア開発の目的は,ソフトウエアの販売や利用により儲けることです。売れないソフトウエア,役に立たないソフトウエアをいくら効率的に開発しても無意味です。

 しかし,数字上の開発の効率を上げるだけなら,売れないソフトウエア,役に立たないソフトウエアの方が有利ですらあります。数字上の開発効率の向上が真の生産性の向上を妨げてきたのです。

 『ザ・ゴール』の中で,「工場のゴール(目標)は生産ではない。生産して倉庫をいっぱいにするのが目的ならば会社は生き延びられない」という意味の会話が出てきます。「倉庫をいっぱいにするのが目的」でソフトウエアを開発してきたのが,日本のIT産業ではなかったでしょうか。

 アメリカ企業も日本の企業とソフトウエア開発の理解度は大差なかったと思います。しかし,利益を重視するアメリカ企業の体質が,売れないソフトウエア,役に立たないソフトウエアの開発を抑制したと考えます。


 この意見を読んで思い出したのは,「米国ではソフトを作るときに外販を考えて作ることが多い」ということである。これは,米国で長年仕事をしてきたソフト会社の社長に聞いた話である。

 米国で,ある企業が自分用のソフトを作ったとする。開発に参加したメンバーは,ソフトのメンテナンス段階に入ると別な仕事を求めて転職してしまうことが多い。それでは困るので,そのシステムを開発した部隊を独立させ,ソフト会社にしてしまう。米国のアプリケーション・ソフト会社の中には,こうした経緯で生まれた会社がかなりあるそうだ。

 独立したソフト会社は,そのソフトを他の顧客に売り込んだり,新機能の開発を担当していく。自社用に開発したソフトが競合他社にも使われてしまうことになるが,そのかわりそのソフトの保守を責任をもって請け負う企業ができるわけでソフトの寿命が延びるというわけである。

(谷島 宣之=ビズテック局編集委員)

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