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 2年ほど前,ある金融機関が新システムの稼働時期を当初計画より3カ月も早めたことがあった。開発プロジェクトが佳境の時に,開発期間を3カ月も縮めるのは大変なことである。たまたまそのプロジェクトを取材していた筆者は,開発に参画していたインテグレータに質問した。

 「3カ月も早めるのであれば,割り増し料金をもらえないのですか」
 「いやー。そんなことを当社からは言えません。長年のお客様ですし」

 その金融機関に行って尋ねてみた。

 「3カ月も早めると協力会社は徹夜の連続になるでしょう。開発費を大目に払う考えはないですか」
 「うーん。それは考えませんでした。前例もないだろうなあ。一部の開発を先送りして稼働を早めようとしていることもありますし」

 結局,その金融機関とインテグレータは死にものぐるいで仕事を進め,3カ月もの前倒しに成功した。これを天晴れと言うべきかどうか,筆者は釈然としなかった。

生産性を上げても得をしない現実

 情報システムを巡る諸問題の中には,大昔からだれもが「困ったことだ」と認識していながら,何年経っても解決されないものがいくつかある。その最たるものが,いわゆるシステムズ・エンジニア(SE)の人月契約価格である。

 顧客企業がシステム・インテグレータを使って情報システムを開発する場合,「月額単価100万円のSE20人を頼む」と,単価と人数を決めて、それで契約をするやり方が今でも一般的だ。額面は請負契約だが,実際は人月を問うことも多い。こうなると,インテグレータは必ずしもシステム開発の生産性を上げなくてもよい。生産性を上げて開発期間を短くすると,インテグレータが顧客から受け取る金額が減ってしまう。また冒頭の事例のように,生産性を無理やり高めたとしても,対価は特に増えない。

 こうした人月契約の問題を解決するために,「EVM(アーンド・バリュー・マネジメント)」と呼ばれる米国のプロジェクトマネジメント手法を利用しようという動きがある。

 EVMは,プロジェクトの進捗状況を計画し,かつ測定する手法である。プロジェクトの計画を立てる時に,必要となる作業の価値を金額で表現しておく。プロジェクトが始まった後は,達成した価値と実コストを把握していき,計画値と比較する。こうすることで,コストとスケジュールの効率を同時に把握できる。どのくらいの価値を達成できたかを見ていくので,EVMを適用してマネジメントすることを,プロジェクトの「パフォーマンス・マネジメント」と呼ぶ。

 経済産業省は2002年3月に,「ITサービス調達ビジョン」をとりまとめ,官公庁のシステム調達において,EVMによりモニタリングすることを提言した。さらに今年になって,日本版EVM導入のガイドラインを公表した。ただし経済産業省は,官公庁のシステム調達をきちんと実施するために,EVMの導入を推奨しており,人月問題対策に関して明確には言及していない。

進捗をしっかり把握できる

 なぜEVMは人月契約問題の解決策となる可能性を持っているのか。EVMを使うと,顧客とシステム・インテグレータが共通の尺度で進捗を把握できるようになり,本来の請負契約を導入しやすくなる。「本来の」とわざわざ言うのは,請負契約を結んでいても,インテグレータがSEを自由にやりくりできない実態があるからだ。

 100人月かかる開発プロジェクトがあったとする。一人のSEの単価が月額150万円なら,開発費は1億5000万円になる。このプロジェクトを1億5000万円で請け負ったインテグレータが生産性を高める努力をして,80人月で終わらせれば,その分利益が増える。ところが現実には請負契約にもかかわらず,インテグレータは顧客にSEの体制図を提出したり,顧客のコンピュータセンターにSEを常駐させたりしている。請負というよりも,実態は準委任あるいは派遣契約と言える。

 なぜ本来の請負契約がなかなか成立しないのか。それは顧客もインテグレータも不安だからである。顧客は,「請負といっても本当に開発できるのか。どんなSEが仕事をしているのがこの眼で見ないと心配だ」と思う。インテグレータも完全な請負作業はハイリスク・ハイリターンと認識しており,顧客の側で仕事をするほうが安全と考える。

 日本の情報システムの世界ではいまだに契約がいい加減である。プロジェクトが遅れた場合,請負契約であっても,顧客は延長分のSE単価を別名目でインテグレータに支払ったりする。インテグレータのSEが顧客先に常駐しており,顧客が事実上,なんらかの指示をしたりしているからだ。

 EVMは,顧客とインテグレータの不安を取り除くツールになりうる。両者が納得してEVMの仕組みを入れれば,「SEが何人働いている」ではなく,実際のパフォーマンスを把握できるはずだ。

報奨付き契約とEVMを同時に取り入れる

 EVMは進捗を把握するツールであるから,EVMを導入したからといって,プロジェクトを成功できるかどうかは分からない。開発の生産性を高める試みについては別途,顧客とインテグレータが知恵を絞らなければならない。また,EVMを導入するには,それなりの管理コストが必要になる。プロジェクトの作業を詳細に分割してそれぞれの価値を決め,実際と比較するといった手間がかかるためだ。とはいえ,作業を分割し,「WBS(ワーク・ブレイクダウン・ストラクチャ)」というものを作るのは,プロジェクトマネジメントでは本来必須のことである。

 米国では,EVMと新しい契約方式が大体併行して導入された。新しい契約方式とは,報奨付き定額契約やインセンティブ付き定額契約などである。定額契約は日本の請負にやや似たものと考えてよい。あらかじめ契約額は決めておくものの,プロジェクトのパフォーマンスが良かった場合,顧客はインテグレータに報奨金を支払ったり,コスト削減分を分け合ったりする。こうした契約によって,インテグレータに生産性を高める努力をさせる狙いである。

 報奨付き契約には,開発の納期を短縮するといったことだけでなく,顧客とインテグレータがプロジェクト本来の目的を達成するために,一丸となって取り組めるようにしようという狙いもある。本来の目的とは,物流のコストダウンとか開発のリードタイム短縮といったビジネス上の目的である。

 逆にEVMによる進捗報告は義務である。インテグレータは,頑張れば報奨金が得られるので,面倒そうなEVMを取り入れざるをえない。もっとも,EVMが面倒に見えるのは慣れの問題が大きいそうで,「たった一人のプロジェクトであっても,面倒どころか利点は多々ある」とあるベテランのプロジェクトマネジャは指摘する。

 日本の情報システムの世界では,報奨付き契約はまだほとんどない。冒頭で紹介したインテグレータは,金融機関と報奨付き契約を結んでおけば,開発期間を短縮した分,対価を受け取れただろう。もっとも,ただでさえあいまいな日本の情報システムの世界に,パフォーマンスに応じて支払いを変える契約を持ち込むのは簡単ではない。しかし,ここから見直さないと,請負契約への移行,すなわち人月契約からの脱却は進まない。

米国のEVM教育団体が来日

 「EVMだの報奨付き契約だのプロジェクトマネジメントだの,米国生まれの手法を持ち込んで解決するなら楽なものだ」と抵抗感を持つ向きは多い。確かに米国の手法が商習慣の異なる日本でそのまま使えるわけではない。

 しかし一連の手法は,国防総省やNASAといった,超大手ユーザーが長年にわたって考え,実践してきたものである。EVMは米国において35年の歴史を持っている。まずは先達の取り組みを理解するところから始めるべきではないか。

 米国に「College of Performance Management(CPM) 」というNPO(非営利団体)がある。カレッジという名称通り,EVMに関する研究と教育を20年以上にわたって実践してきた。このほどCPMが初めて日本で研修を手掛けることになった(関連情報)。来日するCPMメンバーは,米国の連邦政府などでEVMを使ったマネジメントを実践してきたベテランばかりである。

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 なお今回の記者の眼は,筆者の「借金返済シリーズ」の第一弾である。先に返済計画を公表したときには,「第5回 SEの契約を考える」と題し,12月上旬に公開するとしていた。5番目に予定していた記事がいきなり初回に変更になったが,ご了承いただきたい。

(谷島 宣之=ビズテック局編集委員)