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 トヨタ自動車にならって,会社を変えたい──。最近,様々な企業の経営者がトヨタグループの改善・改革ノウハウを自社に取り入れようと躍起になっている。

 トヨタ流の企業改革はもはや単なるブームを超えて,日本企業に根ざしつつある。好調なトヨタにすがり,不況を脱する糸口を見い出そうとする経営者が急増している証拠と言えるだろう。

 日経情報ストラテジーも,このトヨタ流企業改革が2004年の幕開けにふさわしいテーマと考え,今年最初の特集に選んだ(1月24日発売の3月号に掲載)。

トヨタ生産方式は全業種に通じる

 この特集で8社の事例を取り上げた。伊藤ハム,ニッカウヰスキー,総菜大手のロック・フィールド,トヨタグループのあいおい損害保険,配電盤やサーバー・ラックなどを製造する河村電器産業,電子部品やコンピュータ部品を取り扱う商社のスズデン,名古屋を地盤とする地方銀行の中京銀行,そして富士通である。

 8社はいずれも,ここ1~2年でトヨタ生産方式をヒントにした企業改革を開始した企業だ。IT Proの読者に最もなじみがある富士通の場合,昨年10月末からトヨタ生産方式の導入を開始した。秋草直之会長と黒川博昭社長の指示で,一気に主要工場にトヨタのノウハウを注入していく。

 富士通をはじめ,取り上げた8社はいずれも,トヨタグループの出身者に指導を仰いでいる。経営者自らがトヨタで鍛えられた指導員を三顧の礼で向かい入れ,改革のきっかけにしようとしている。

 取材した企業全体を眺めてみて興味深く思えたことは,伊藤ハムやニッカウヰスキー,河村電器産業,富士通といったメーカーだけではなく,サービス業のロック・フィールドや金融業のあいおい損害保険と中京銀行,そして流通業のスズデンというように,あらゆる業種業態の企業がトヨタ生産方式にならって会社を変えようとしていることである。トヨタ生産方式の思想は,なにも製造業だけに通用するものではないということだ。

 例えば,トヨタ生産方式のかなめである「ジャスト・イン・タイム」は,必要なものを必要なときに必要な分だけ提供する考え方である。それは金融機関が顧客の望むタイミングで商品を提案したり,サービス業者が店舗に必要な量だけ商品を配送するといった場面に応用できるというわけだ。

 顧客起点でモノと情報の流れを見直せば,自ずとジャスト・イン・タイムの発想に近づくということだろう。

 一例を挙げれば,ロック・フィールドは新しく建設した神奈川県川崎市の工場を中心にして同社のサプライ・チェーン全体を見直し,工場から店舗への物流体制を一新した。すべては顧客に鮮度の高い総菜を提供するためである。これがロック・フィールドのジャスト・イン・タイムだ。

 一方,あいおい損害保険は,同社の自動車保険を販売する自動車販売店と組んで,顧客が望む保険提案のタイミングを探ろうとしている。顧客が保険に入りたいタイミングで情報提供するのが本来求められる営業だと考え直した。これが彼らなりのジャスト・イン・タイムの解釈だ。

「見える化」で現場の情報開示を進める

 もう1つ,トヨタ流企業改革を語るうえで欠かせないキーワードを紹介しよう。それは「見える化」である。

 トヨタの強さの秘密は,常に「カイゼン」していくことにあることは,誰もがよく知っている。ただ,どうしてトヨタはそんなにも問題点がよく分かるのかということに疑問を感じた人は,意外に少ないかもしれない。

 数あるトヨタ用語のなかでも,「ジャスト・イン・タイム」や「カイゼン」ほど有名ではないが,「見える化」も極めて重要なキーワードになっている。今回取材した8社でも必ず聞かれた言葉だ。

 見える化は一言で言えば,問題点が常に「見える」ようにしておく工夫のことである。正常と異常の違いがすぐに分かる仕事場とか,仕事するうえであれこれ迷わずに済む現場のことを指すと言ってもいいかもしれない。

 見える化を始める第一歩は,非常に基本的なことなのだが,仕事場を整理整とんすることである。伊藤ハムや河村電器産業,スズデン,中京銀行はまず,現場の整理整とんから改革をスタートさせている。非常に地味だが,これがトヨタ流企業改革の根底にある。

 人の動きを邪魔したり,視界をさえぎる余計な在庫や荷物を撤去して,働きやすい職場を作る。複雑に入り組んだ工程はやめて一直線のラインを敷く。無駄に長いコンベヤーの利用をやめたりコンベヤーを短くする。こうしたことはすべて,仕事の様子が見えやすくなる見える化に通じる。

 これだけでも現場の作業が楽になるし,作業の進ちょくが見えやすくなる。いま,どの工程や商談に異常や停滞が起きているのかが,一目で分かるようになるのだ。在庫のたまり具合もよく分かる。

 だからトヨタはカイゼンすべきポイントが分かるのである。現場の管理者や上司も作業員や部下たちに指示を出しやすい。これが,ぐちゃぐちゃに散らかった現場だと,さっぱり分からないということになりかねない。

 もっと言えば,問題点が見えにくいと,誰もが見て見ぬ振りできてしまう。声に出して,問題点を指摘しようとする人が出てこない。これではカイゼンは進まない。

 伊藤ハムやあいおい損害保険は作業の進ちょくボードを用意して,見える化を推進している。上司と部下だけでなく,同僚同士も互いの進ちょくが分かり,アドバイスし合える。これが見える化による情報開示の効果だ。

 IT業界に身を置く人が多いIT Proの読者にも,こうしたトヨタのノウハウは十分生かせるのではなかろうか。

(川又 英紀=日経情報ストラテジー)