日経バイトでは「買い時を探れ!」というコラムを設けている。CPUやハードディスクなどのロードマップを基に,長い目で見ていつごろ買うのがお得なのかを明らかにするのがコラムの趣旨だ。
最新号の8月号では,マザーボードを取り上げた。マザーボードを買う指針を探ろうというのだから,ここは当然デスクトップ・パソコンを自作するユーザーの目線で記事を書く。自分が自作するつもりで考えると,発熱の少ないCPUを中心にマザーボードを選びたくなる。というのもCPUの発熱量が大きくなるにつれ,排熱に気を使わなくては色々と不都合な点が出てくるからだ。
例えば米IntelのPentium 4では,CPU単体の熱設計電力(TDP)は115W(注)。深く考えずにエアフローの悪いケースに組み込もうものなら,光学式ドライブやハードディスクの寿命は確実に縮む。
注:実はこの115Wという値は,騒音を抑えられ排熱しやすい部品配置を定めた次期マザーボード仕様「BTX」が想定するTDPと同じ。土台が普及していないのに,その土台を前提に設計されたCPUが市場に出回るという異常事態だ。
では,もうしばらく待てば,自作しやすい,しかも性能アップしたCPUが登場してくるかというと,そうではなさそうだ。CPUの技術開発は踊り場を迎えており,そこを突破した製品が出てくるのは2006年以降になりそうなのだ。筆者は個人的には日ごろ「欲しいときが買い時」と思っているのだが,CPUについては「買うなら今」という結論に傾いている。
CPUについて,今,何が問題で,メーカー各社はどのような技術でブレイク・スルーを図ろうとしているのか。筆者の取材に基づいた予測シナリオを織り込みながら解説していきたいと思う。
間に合わなかったリーク電流低減策
現在,CPUの消費電力を押し上げているのはリーク電流だ。リーク電流とは,トランジスタのオン/オフ(スイッチング)にかかわらず電流が流れてしまうこと。本来オフであるときにも電流が流れるため,無駄に電力が消費されてしまう。
リーク電流による消費電力の増加は,90nm世代のCPUで深刻化した問題だ。この「90nm」という数字と単位は,CPUを構成するトランジスタの電極の間隔を表す(製造プロセス・ルール)。この間隔が短いほど,電流が流れやすくなりリーク電流が発生しやすい。
しかもトランジスタのスイッチング速度,つまり動作周波数を上げるには,そもそもトランジスタに電流が流れやすいように半導体を設計しなくてはらない。これまでトランジスタが小さくなればなるほど,スイッチングに必要な電圧が下がり消費電力は減ってきた。この低減分をリーク電流が食い尽くしてしまっているのが現状だ。
もちろん,リーク電流の増加を半導体メーカーがまったく予想していなかったわけではない。リーク電流の低減を図る技術の実用化が,90nm世代では間に合わず,そのリーク電流の増加の度合いも半導体メーカーの予想を超えてしまった。GHz超の動作周波数が当たり前のコンピュータ向けCPUでは顕著だ。
電子の移動度を高めたり,リーク電流の通り道を少なくしたりするリーク電流低減技術が盛り込まれる製造ラインの完成は65nm世代になる。65nm世代の製造ラインが本格稼働する時期は,Intel社と米IBMが2005年内の見込み。米Advanced Micro Devicesが2006年だ。従ってリーク電流の増加を押さえ込むことができるのは2005年末から2006年以降になる。
2005年はマルチコアで乗り切る
当然ながら,半導体メーカーはリーク電流の低減が望める65nm世代が主力になるまで手をこまねいているわけにはいかない。定期的に新製品を出し,性能向上を図るのは至上命令だ。動作周波数の向上のみに頼れなくなった半導体メーカーが2005年に投入する性能向上策は,CPUのマルチコア化。1つのシリコンチップ(ダイ)に複数のCPUコアを集積することで性能を上げようというのだ。
サーバー向けCPUはすでに業界を上げてマルチコア化に向けかじを切っている。例えばエンタープライズ市場向けの米Hewlett-PackardのPA-RISC,IBM社のPower,米Sun MicrosystemsのUltraSPARCといったRISC系のCPUはすでにマルチコア版が出荷されている。CPUを差し替えれば,16CPUのSMPサーバー機が32CPUのサーバー機に生まれ変わるというわけだ。
多数のクライアントからの要求を同時処理するサーバー・アプリケーションでは,マルチコア化は手堅い性能向上策だ。CPUの原価は,1枚のシリコン・ウェハーから取り出せるCPUダイの数で決まってくる。デュアルコアで1枚のシリコン・ウェハーから作れるCPUの数が半分になれば,原価は倍になる。だが,サーバー向けであれば高価格が許される。
また,サーバーは騒音を抑える必要性が低く,空冷ファンによる排熱能力を高められるため,マルチコア化による消費電力の上昇に伴う発熱への対処も比較的容易だ。
x86系のCPUでは,AMD社,Intel社とも,比較的高価な値付けが許されるサーバー向けCPUから順次マルチコア化する。AMD社は2005年中ごろにサーバー/ワークステーション向けの「Opteron」シリーズをデュアルコア化。Intel社は,同社のサーバー/ワークステーション向け64ビットCPU「Itanium 2」の次世代コア「Montecito」(開発コード名)をデュアルコアCPUとして2005年内に出荷する。
AMD社が先んじるクライアント向けデュアルコアCPU
一方,クライアント向けCPUのマルチコア化は一筋縄には行かない。マルチコア化による効果が明らかで,高価格が許されるサーバー向けマルチコアCPUとは事情が異なる。性能向上と手頃な価格,対面で使える程度の騒音,冷却可能な程度の発熱など,クリアしなければならない条件はいくつもある。
製造コストを度外視するわけにはいかないので,クライアント向けCPUのデュアルコア化を実現するには,1つのダイに2つのCPUコアを組み込むだけの余裕を製造プロセス・ルールの微細化によって確保しなくてはならない。仮に価格を度外視したとしても,発熱と騒音に関しては半導体設計や冷却装置の工夫で何とか押さえ込むしかない。しかし65nm世代を待って投入するのでは,2005年の製品ラインナップに性能向上の空白期間が生まれてしまう恐れがある。
先に製品化の道筋を付けたのはAMD社。AMD社は2004年6月14日,デュアルコアAthlon 64の設計を完了したと発表した。2005年後半にハイエンド・クライアントPC向けCPUのAthlon 64 FXの次世代版「Toledo」(開発コード名)を90nmプロセスで投入する。Athlon 64はPentium 4に比べると動作周波数当たりの性能が高い分,デュアルコア化しても消費電力を抑えられる。すでにAMD社は,Opteron/Athlon 64への設計時にマルチCPU動作時の割り込みコントローラを組み込み済み。構造上は,CPUを2つ組み込むための回路が準備できていた。
Intel社もToledoに前後してデュアルコアCPUを投入する。2004年5月13日,当初は2006年の出荷を見込んでいたクライアント向けデュアルコアCPUを1年前倒しで投入することを明らかにした。デュアルコア化を前倒しにするために,現行Pentium 4のPrescottコアの後継となる「Tejas」(開発コード名)の開発を中止し,開発リソースを集中。2005年内にサーバー,クライアント向けの両面でデュアルコアCPUを出荷する予定だ。ただ,Intel社のクライアント向けCPUの姿はまだ見えない。