Intel社製CPUの具体像は?
Intel社は製造プロセス・ルールすら明らかにしていない。Intel社は65nm世代の製造ラインを2005年内の本格稼働を目指して構築中で,4Mビット容量のSRAMは試作済みである。だからといってすぐにCPUの量産に移れるわけではないが,65nm世代のCPU量産についてAMDに先んじる可能性は高い。
65nm世代であれば,コスト,発熱の両面でデュアルコア化に際しての障害は90nm世代より少ないはずだ。ただ2005年内に全セグメントのCPUをデュアルコア化できるほど65nm世代の立ち上げが順調に進むか,90nm世代でデュアルコア化を図る必要に迫られるかはふたを開けてみなければ分からない。
製造プロセス・ルールに加えて,Intel社はクライアント向けデュアルコアCPUについて大きく2つの選択肢を持っている。(1)ノートパソコン向けCPU「Pentium M」のマルチコア化,(2)デスクトップ機向けCPU「Pentium 4」のマルチコア化の2つだ。
(1)のPentium Mのデュアルコア化は発熱面で敷居が低い。90nm世代のPentium M 755(動作周波数は2GHz)のTDPは21Wでしかない。課題は動作周波数。Pentium Mは動作周波数当たりの性能を高める設計だ。周波数向上のために可能な限り回路を細分化にしたPentium 4とは違う。Intel社は現行Pentium 4を2004年内にも動作周波数を4GHzに近いところにまで持って行く。しかしPentium Mベースの設計では4GHzの動作周波数は望めない。
Pentium MベースのデュアルコアCPUでは動作周波数が良くて横ばい,悪くて低下するのは避けられない。ビジネス・アプリケーションはまだしも,動画のエンコードといった動作周波数の高低が処理速度をある程度決めてしまうマルチメディア・アプリケーションのベンチマーク・テストでは苦戦することになる。もっともマルチメディア処理は並列化が比較的容易であるため,Intel社はマルチスレッド化を推進することで対処するようだ。
マルチスレッド化がうまくいけば,Pentium 4ベースのコアからPentium Mベースのコアへの移行にともなう動作周波数の低下を補える。すでにIntel社はCPUの製品名から動作周波数を外し,「プロセッサ・ナンバ」という指標に切り替えている。単に製品を識別する記号でしかなく,そこに「どちらが上」という意味付けはない。「Pentium 4 560」や「Pentium M 755」という具合だ。
デュアルコアPentium Mをマルチスレッド・アプリケーションの中心のベンチマーク・ソフトによって「マルチスレッド環境では高性能」とする。また,消費電力当たりの性能をうたうことも可能だろう。
ただし性能に比べると,バッテリ駆動時間が関係ないデスクトップ機向けのCPUで低発熱をうたうのはマーケティングの武器としては弱い。例えばAMD社はノートパソコン向けCPUでは一般的になっている,電源電圧と動作周波数を動的に変える省電力機構をデスクトップ機向けAthlon 64に「Cool'n'Quiet」という機能名で組み込んでいるものの,これの宣伝はひとまず脇に置き,まずは最大の特徴である64ビットCPUであることを前面に押し出している。
Pentium 4は生き残れるか
結局のところ,Intel社は(2)のPentium 4ベースのデュアルコアCPUを出さざるを得ないのではないだろうか。デュアルコアPentium Mは,デュアルコア化による性能向上が望めるマルチスレッド環境でなければ,実アプリケーションによるベンチマーク・テストで高動作周波数のPentium 4との差異化が難しくなるからだ。デュアルコアPentium Mでカバーし切れないハイエンド・クライアント向けには,動作周波数の高いCPUがAMD社への対抗上欠かせない。
Pentium 4ベースのデュアルコアCPUを作るには,ただでさえ消費電力が高いPentium 4コアをデュアルコア化することによる発熱に対処しなくてはならない。Pentium Mと違い,3.6GHz動作でTDPが115Wにも達する90nm世代でのデュアルコア化は現実的ではない。
90nm世代のデュアルコアPentium 4というシナリオを実現するには,Intel社が研究開発中の「Micro-Fluidic Cooling」の早期実用化という手もあるにはある。Micro-Fluidic Coolingは,CPUにとって最も放熱効率の良い場所,つまりダイに直接液冷システムの流水路を作り込む技術。すでに動作サンプルを公開済みだ。しかしポンプの停止が即座に焼損を招きかねない構造上,Intel社単独での実用化にはまだ時間がかかるだろう。
単にAMD社に対抗するのであれば,ハイエンド・クライアント向けのみをPentium 4ベースのマルチコアCPUにすれば良い。ハイエンド向けの少量出荷であれば,65nm世代の立ち上げ度合いに左右されることも少ない。製造プロセス・ルールは65nm世代になるだろう。そしてPentium Mベースのマルチコアをメインストリーム以下の市場に投入する。こちらは90nm世代でも65nm世代でも投入が可能だ。
バックアッププランとして,「Pentium 4 Extreme Edition」のように3次キャッシュを増量する手を続ける可能性も捨てきれない。「デュアルコアであること」を前面に押し出したマーケティング攻勢に対しては,仮想デュアルCPU機構の「ハイパースレッディング」で乗り切れないこともないだろう。むしろシングル・スレッド時の性能はこちらの方が有利だ。キャッシュの増量はダイサイズが大きくなりコスト面で不利となるが,潤沢な資金と数多ある製造設備によって戦略的優位を確保しているIntel社なら採り得る方法だ。
デュアルコアでパソコンの使い方が変わるか
ここまで一通りクライアント向けデュアルコアCPUの今後を占ってきた。ここで改めて自作ユーザーの立場に戻って考えると,素朴な疑問が浮かんでくる。そもそもデュアルコアは必要なのだろうか――。
確かに今のパソコンは,録り溜めたDV動画を気軽にMPEG2にエンコードしたくなるほどの速さではない。筆者はエンコードを開始したら床に就くことがほとんどだ。しかし4時間かかる作業が2時間になったからと言って,あるいはエンコードしながらでも他の処理をバリバリこなせるだけのCPUパワーがマシンに残っているからと言って,使い方が変わるものだろうか。そう考えていくと,負荷が少ない場合は動作周波数と電源電圧を下げて消費電力を下げるCool‘n’Quietを搭載するAthlon 64のバランスの良さが,今は気になって仕方がない。
(高橋 秀和=日経バイト)