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 半年ぶりにネットワークの歴史ウンチク話を紹介させていただこう。今回は日経NETWORK誌の2005年1月号(新春号)の特集で紹介している『発掘! ルーター開発物語』の話題である。

 コンピュータを単独で使う時代は終わり,コンピュータ・ネットワークの時代が来る――。1960年代にこう確信し,世界初の本格的なコンピュータ・ネットワーク「ARPANET(アーパネット)」を実現したエンジニアがいた。ラリー・ロバーツである。ARPANETは,インターネットの母体となったネットワークだ。

コンピュータはつないでこそ価値がある――最適な通信方式はパケット交換

 もともとコンピュータ同士の通信を主張したのは,ARPA(Advanced Research Projects Agency)という研究機関にいたJ.C.リックライダーだった。1964年,マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究所にいたロバーツは,バージニア州のホームステッドで開かれた会議でリックライダーと出会う。「彼とコンピュータの未来について語り合い,コンピュータ同士をつなぐことが重要になると確信したんだ。そして,それを実現しようと決めたんだよ」とロバーツは当時を振り返る。

 1966年,ARPAに移ったラリー・ロバーツは,ARPANETの設計責任者として,コンピュータ・ネットワークの実現方法の検討に入った。その答えはすぐに見つかった。「パケット交換」という通信方式が最適だと考えたのである。

 それまでは「回線交換」と呼ばれる通信方式が一般的だった。これは電話に使われる方式で,通話中に回線をつなぎっぱなしにして占有する。これに対して,パケット交換は送りたいデータをパケット(小包)のように小さな固まりに分けて回線に送り出す。この方法なら,コンピュータから突発的に送り出されるデータが回線を占有しないので,多くのコンピュータが回線を共有できて効率的だ。とくに,低速で利用料が高かった当時の電話回線を使うには,うってつけの方式だった。

 もっとも,パケット交換網の実現性について,当時AT&Tなどで電話網を開発者していた技術者は冷ややかに見ていた。しかし,ロバーツには確信があった。「AT&Tの連中は開口一番,『それはクレージーだ』と言ったもんだ。でも,パケットを蓄積するメモリーがどんどん安くなっていた当時,パケット交換はすでに合理的な通信方法になっていたんだよ」

ARPANETと共に確立した基本技術

 ARPANETの計画が本格的にスタートしたのは1968年。ARPAが資金を提供し,全米の大学や研究機関を結んで情報を共有するためのコンピュータ・ネットワークが作られることになったのである。そして2年後の1970年,全米各地の4拠点を結んだARPANETが稼働した。

 ARPANETを構成するのは,「IMP(インプ:Interface Message Processorの略)」と呼ばれるパケット交換機である。通信するホスト・コンピュータはIMPに直接つながる。通信の際には,ホスト・コンピュータはまず通信相手を指定してIMPにデータを送る。IMPは送信データを小さく区切ってヘッダーを付けてパケットにする。ヘッダーにはあて先のアドレスが入っていて,IMPはそれを頼りに,通信相手のホスト・コンピュータがつながるIMPまでパケットを転送していく。

 IMPには,パケット交換を実現するために必要なさまざまな機能が搭載された。例えば,送ったパケットが壊れていないかどうかをチェックする機能やパケットが到着したことを送信元に伝える確認応答機能などである。

IMPからルーターへ

 ARPANETやIMPの実装で培われたパケット交換の基礎技術が,のちに誕生するルーターに引き継がれた。しかし,IMPと今のルーターの間には決定的な違いがあった。今のルーターにあってIMPにないのは,異なる仕様のネットワークを相互接続する機能だ。

 異なる仕様のネットワークをつなぐには,「IP」というプロトコルの登場を待たなければならない。このIPの仕様に沿ってパケット交換技術を実装したのがルーターなのである。

 「ルーターのルーツ」というよりは,「インターネットのルーツ」っぽい話になってしまったが,IMPがルーターのルーツなのは事実である。1970年代に入るとルーターが登場してくる。ご興味があれば,日経NETWORK2005年1月号特集1『発掘! ルーター開発物語』をのぞいてみていただきたい。

(高橋 健太郎=日経NETWORK)