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 のっけから私事で恐縮だが,2年ほど前に自宅の最寄り駅のそばに,ちょっと立派なラーメン屋ができた。50人ほどが入れる広さで,味もなかなか良い。ところが,ある出来事がきっかけでその店から足が遠のいてしまった。

 理由はとても単純なものだ。ある冬の夜,筆者は風邪気味だった。午後11時ごろに駅に降りたものの,帰宅までの道のりもひときわ寒い。そこでラーメンを食べて温まっていこうと店に入った。ところが店内に入り,手前の側の席に着くと,タバコを吸っている客が近くにいる。風邪のときにはタバコの煙は苦手だ。タバコを吸っている人も,逆に,風邪を引いた私が近くに座って迷惑だろう。

 ふと店の奥を見れば,無人のテーブルがいくつもある。ところが,その奥のテーブルは箸や調味料が片付けられた後だった。閉店1時間前ほど前の深夜だったから,先に奥の区域を片付けてしまったらしい。

 これはだめかな,とも思ったが,店員にテーブルを移れないかどうか,一応は尋ねてみた。が,その時のアルバイト店員の答えがいけなかった。「この時間は,もう奥は片付けておりますので」。事務的な答えが返ってきた。

 このほんの一瞬に,この店が苦手になったのである。鼻をかんだり,声がガラガラな客の様子を見て,何かしらの気遣いを見せてほしかったわけだ。

 逆に,たった一度の電話で,ファンになってしまった会社がある。昨年初めから利用している,ある携帯電話会社だ。契約してから半年ほどたったころに,突然に電話がかかって来た。「ご契約いただいている料金コースは,これまでのご利用状況ですと割高です。XXプランのほうが月に2000円ほど安くなりますので変更なさってはがいかがでしょうか」

 これには心底びっくりしてしまった。わざわざ支払いが少なくなるようなアドバイスをしてきた携帯電話会社は初めてだったからだ。余裕がある通話プランをわざと選んだ自覚はあったのだが,具体的にXXXX円安くなる,と言われなければ,コースを変えようとは考え付かなかったと思う。

キーワードは「個客対応」

 この,まったく業種の違う2つの企業の対応には,ある視点で見ると合わせ鏡に映った像のような対称性がある。「一人ひとりに個別に接しているという姿勢を顧客に感じさせているかどうか」という点だ。

 先のラーメン店の場合,おそらくだれが尋ねても,ああいう答えを返したのだろうと思う。もちろん深夜の時間帯でバイト店員は疲れていたのかもしれないし,客が減る時間帯に店の一部を早めに片付ける発想も,分からなくもない。しかし,タバコの煙が苦手な客としては,次に入店してまたこういうドライな対応をされるくらいならこの店は避けようと考えることも,また当然である。

 逆に,携帯電話会社のケースでは,「自分のために,わざわざ良いアドバイスをしてくれた」という記憶が強烈に残る。

 長々とこうした話を書いてきたが,つまるところ,今回の投稿の目的は日経情報ストラテジー最新号の営業強化事例特集のテーマに「個客対応」というキーワードがあるからで,その宣伝のためだ。特集では,顧客の状況や課題を適切につかみ,的確に提案したりできる力を個客対応力と表現している。とはいっても,いきなり記事を要約した文章を提示しても,それこそ,ただの宣伝文かと目をふさいでしまう読者も多いだろうとも思う。

 まずは顧客の共感や信頼を得ることで受注率を高めようというテーマの特集記事の宣伝文が,そんなていたらくだと,寄稿などでご協力いただいた取材先からも笑われてしまいそうである。おまけに特集の総論でも「一方的に商品説明をぶつける営業はダメだ」と自ら書いてしまった。そこで悩んだ末に,特集の中身をあえてストレートに紹介はせずに,大事な提言を強調して文章をまとめにかかろうと思う。

地道な現場観察が欠かせない

 IT業界やシステム部門の方に訴えたいのは,「営業支援システムの切り口として,業務効率化や作業の数値化といったことにはあまりこだわらないほうが良い」ということだ。特に,営業活動におけるITの活用事例のテーマは,今後,単なる業務効率化ではなく,営業活動の質をどう高めるかということにシフトしていくのではないか,と思う。提案数などの活動量を管理してハッパをかけることも重要には違いないが,失注を減らしたり,ここぞという重要顧客から継続的に注文をもらうという受注率の向上も重要なテーマだからだ。

 残念ながら,営業システムの活用事例を探しても,単に提案件数や訪問件数などをカウントするものだったり,営業日報を電子化して検索を容易にするというだけで,結局,どう営業を強化したいのかという道筋の模索途中にあるような事例は少なくない。

 しかし,もともと営業強化というテーマは,心理学に近い領域だけに,定量的に割り切ることが難しい部分がある。「損して得とれ」というような部分こそ,営業担当者が意識する課題があることも,特集取材を通じて改めて痛感した。先に挙げた携帯電話会社にしても,目先の売り上げ減を補うほどの顧客満足度向上があるかどうか,厳密に数値管理しているかどうかといえば,筆者の想像ではおそらくはしていないと思う。しかし,そういった目先の損得からはみ出した接客にこそ,顧客を感動させる力があったりもする。

 在庫管理システムのように,「このシステムのお陰で在庫が減り,これだけのキャッシュが増えた」という直接的な結果ばかりを追い求める発想からは,こうした顧客満足度を高める活動をサポートするためのITというアイデアはおよそ生まれそうにない。こうした発想ではITは営業担当者にとって業務量の管理ツールでしかないということになってしまう。

 営業の質を向上させるという課題においてITはあくまで脇役であり,導入効果は,活用する人たちの仮説検証力こそが左右するのが実情だ。非定型な要素の多い業務のなかから,本質的な要素を探してITでサポートしていくには,地道な現場観察がどうしても欠かせないことも,営業支援システムの有効な活用法を模索する難しさの一つだろう。

 それでも,営業の質の向上に取り組む事例はおよそ3つに分類できた。(1)顧客の状況や課題などについて適切に情報収集し,課題や願望を探り当てることを徹底させる業務管理,(2)顧客の課題などに対応して適切な情報提供を行えるようにする情報共有(ナレッジ・マネジメント),(3)顧客へ適切に質問をしたり,「聞き上手」になるためのパーソナル・スキル育成だ。

 今回の特集で取り上げた営業の質の向上に取り組む事例には,単なる数値的な管理や業務効率化ではない,営業の現場がまさに望むIT活用のヒントがあると筆者は信じている。

(井上 健太郎=日経情報ストラテジー)