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 「Microsoft Officeは高いと思う方は手をあげてください」---。マイクロソフトのオフィス担当者が会場に向かって質問すると,会場の十数人のほとんどは,すっと手をあげた。マイクロソフトが4月12日,報道関係者向けに開催した「改めて考えるOfficeソフト,デスクトップOSの価値」と題する説明会でのことだ。

 Microsoft Officeは,Word,Excel,PowerPointを含むStandard Editionがマイクロソフトによる推定価格で4万5800円。Accessも付属するProfessional Enterprise Edition 2003が同5万5200円。大量ライセンス購入によるボリューム・ディスカウントもあるが,価格帯はここ数年変わっていない。一方,ハードウエアの価格はこの間,劇的に下がり続け,パソコン本体は現在5万円もあれば十分なスペックのものが買える。このアンバランスさが,Microsoft Officeの価格を高いと感じさせる原因になっている。

 ほぼ全員が挙手するとはマイクロソフトの担当者も予想していなかったようだ。担当者は苦笑して,「同社の考えるOfficeソフトの価値」について力説し始めた。「ソフトウエアがもたらす価値とは生産性の向上。ユーザーの生産性の向上のためにマイクロソフトは様々な努力をしている」(マイクロソフト ビジネスマーケティング戦略本部市場戦略グループ梅田成二氏)。具体的には,機能改善のための開発投資や,Webサイトなどでの情報提供,電話やメールでの問い合わせ対応などだ。

 確かに,5万円相当以上の生産性の向上を享受しているユーザーは多いだろう。だからこそMicrosoft Officeを購入しているとも言える。とはいえ,同じ効果は可能であればより低いコストで実現できることが望ましい。実際に,パソコンのハードウエアの価格性能比は劇的に下がり続けた。しかし,Microsoft Officeの価格は変わらなかった。その理由は,両者の競争環境にある。パソコンが多くのメーカー間の苛烈な競争にさらされていたのに対し,Microsoft Officeには有力な競争相手が存在しなかったことにある。

 しかし,状況は変わりつつある。マイクロソフトがこの説明会を開催する動機になった,オープンソースのオフィス・ソフトであるOpenOffice.orgとその有償版であるStarSuiteの台頭である。米Sun Microsystemsが中心となって開発しているOpenOffice.orgは,Microsoftのファイルを読み書きすることができ,ユーザー・インタフェースや操作性もMicrosoft Officeに近い。StarSuiteは,OpenOffice.orgに一太郎のファイルを読み込む機能やサポート,クリップアートやテンプレート,フォントを付加したものだ。ソースネクストが使用期限無制限版を税込2970円で販売している。

互換性問題は回避できるか

 OpenOffice.orgやStarSuiteを利用するユーザーは,じわじわと増えはじめている。経済産業省は,省内にLinuxクライアント数台を導入,StarSuiteで業務が遂行できるかどうかの検証を始めている。StarSuiteは教育機関向けに無償で提供されており,岐阜県輪之内町の小中学校など,多くの教育機関でStarSuiteを導入している。

 インテグレータのワイズノットは,新入社員約30人にMicrosoft Officeではなく,OpenOffice.orgを配布した。ワイズノットでは「ライセンス費用100万円以上を節約できた」という。Linux搭載パソコンを販売しているグッディも,十数人の社員が全員OpenOffice.orgを使用している。

 Linuxを販売しているノベルは,昨年末から今年初めにかけて社内の標準オフィス・ソフトとしてOpenOffice.orgを採用した。Microsoft Officeをアンインストールしたわけではないが「社内ではOpenOffice.orgのファイルを標準としてやり取りしており,社内から来たMicrosoft Office形式のファイルは受け取らなくともよいことになっている」(ノベル 営業本部本部長市橋暢哉氏)という。

 とはいえ,上記の例もLinuxに関連する企業が多く,またまだ,業務でOpenOffice.orgを使い始めた企業・団体が少数派なのは確かだ。最大の理由は,マイクロソフトも指摘するようにMicrosoft Officeとの互換性が完全ではない点だ。OpenOffice.orgとStarSuiteのマクロとMicrosoft Officeのマクロには互換性がない。またマイクロソフトは,PowerPointのプレゼンテーションで文字の表示がずれたり隠れてしまったりする例や,Wordの表示がずれて1ページの文書が1行はみ出してしまったりする例などをデモした。

 このような問題を,ノベルでは「社外に送る文書はPDF形式にするなどの方法で解決を図っている」(古井氏)という。OpenOffice.orgは,標準でPDFファイルを生成する機能を備えているためだ。社外向け文書のレイアウトを確認するために1台だけMicrosoft Officeを導入しているという企業もある。

 現時点ではOpenOffice.orgの利用にはある程度の割り切りが必要とも言えるし,割り切れば利用できるとも言える。OpenOffice.orgに移行することによる不便が5万円に相当するかどうかはユーザーの環境に依存するだろう。

 OpenOffice.orgはOpenOffice.org日本ユーザー会のサイトなどから無償でダウンロードできる。またStarSuiteも試用版をサン・マイクロシステムズのサイトなどから無償でダウンロードできる。OpenOffice.orgには,PDF作成機能など,Microsoft Officeにはない機能もある。読者の皆さんも,日々の業務や既存ドキュメントの扱いでどの程度の不便が生じるか評価してみてはいかがだろうか。

そもそもドキュメントはユーザーが作成したユーザーの資産

 OpenOffice.orgについて,マイクロソフトは「互換性は完全ではなく,そのことが生産性の低下や教育/サポート・コストの増大を招く可能性がある」と訴えた。だが,これには反論もあるだろう。「互換性のために移行のコストが生じる」とは,別の言い方をすれば「ベンダー・ロックインが発生している」ということにならないだろうか。

 既存のドキュメント資産はユーザーが作成したユーザーの資産であり,それがメーカーによる囲い込みのために利用されてはならない。重要なのは,十分な競争が行われることだ。

 OpenOffice.orgは,そのXMLファイル・フォーマットを標準化団体OASISおよびISOに提出してOpenDocumentフォーマットとして標準化,OpenOffice.org 2.0の標準ファイル・フォーマットとしている。

 Microsoftでも,Office 2003からXMLフォーマットでのOfficeドキュメント保存を可能にしている。Wordはすべての情報をXMLとして保存できるが,ExcelではマクロやグラフィックがXMLで保存できないなど完全ではない。ドキュメント資産を参入障壁にしないためのオープン化は,さらに推し進める必要がある。

 筆者は,同じ機能を従来より低いコストで提供することは,重要な革新であると考えている。かつてMicrosoftは,ソフトウエアのコストを大幅に引き下げた“価格破壊者”だった。オフコンやUNIXの流通に比べ効率的なパソコンの流通形態と大きな市場を武器に,ソフトウエアの価格を革新した。

 そのMicrosoftに今,オープンソースという新しい開発と流通の手法が挑んでいる。どれだけのユーザーがOpenOffice.orgやStarSuiteを選ぶのか,Sun Microsystemsが開発コストをまかなえるのか,まだこれからだが,価格だけでなく,機能やサポートも含め,健全な競争が行われることこそが,ユーザーにとっての価値向上のための条件である。

(高橋 信頼=IT Pro)

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