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 米テレビ業界の最新動向を探るためにこの4月,ラスベガスに飛んだ。当地では毎年,日本の民放連に当たる全米放送事業者連盟(NAB)が世界最大の放送関連の祭典「NABショー」を開催している。今年の主役はテレビ局ではなく通信事業者だ。会場には地域通信大手のSBCコミュニケーションズとベライゾン・コミュニケーションズの首脳が乗り込み,放送市場への進出を柱とした次世代の事業構想を明らかにした。両社とも,ブロードバンド回線を通じて各家庭のテレビに番組を流すという。

 こうした通信事業者に対して,米国のテレビ局関係者は協力的だ。自社のテレビ番組の供給に前向きな姿勢を示す。一方,日本でもソフトバンクグループやKDDIなどの通信事業者がブロードバンド回線を使った放送サービスを始めた。しかしNHKや民放テレビ各局の協力は得られていない。米国取材を通じて見えたのは,日米のテレビ局の似て非なるビジネスモデルだった。

通信競争は新段階へ

 「恐れと強欲さ」――。SBCのジェフ・ウェバー商品・戦略担当副社長は,ブロードバンド回線を使った放送サービスの提供を急ぐ心境をこう明かす。「強欲さ」は,事業拡大に対するあくなき欲求を指す。SBCとベライゾンは,過去約10年間にほかの地域通信事業者の買収するなどして会社を大きくしてきた。

 現在,SBCは長距離通信大手のAT&Tの買収を,ベライゾンは長距離通信大手MCIの買収を計画している。ブロードバンド放送事業への進出で,両社は拡大路線の総仕上げにかかる。すべてが実現すれば,地域・長距離通信から放送事業までを一手に手がける総合サービス事業者が二つ誕生する。

 「恐れ」。これは,主にCATV(ケーブルテレビ)事業者の脅威に対するものであるという。ここ数年,通信事業者同士が競争にしのぎを削っている間,CATV会社がインターネット接続や電話サービスなどで通信事業の領域に進出してきた。特に通信事業者にとっての中核事業である電話市場に,IP電話で相継ぎ参入された衝撃は大きい。SBCとベライゾンにとり,ブロードバンド放送はCATV事業者の本業である放送分野で反転攻勢に打って出るための戦略サービスになる。

 長年続いた米国の通信戦国時代は今,SBCとベライゾンという“二強体制”の下に収れんしようとしている。通信と放送市場の垣根を越えた新たな大競争時代が幕を開けることになる。

CATVとの総力戦へ

 CATV事業者に対抗するための新事業構想をSBCは「Project Lightspeed」,ベライゾンは「FiOS」(ファイオス)と命名した。その基本コンセプトはSBCもベライゾンも同じである。「映像サービスの分野でCATVなどと対等に戦える体制を整え,そのうえでインターネット接続やIP電話などを総合的に展開していく」(SBCのウェバー副社長)というものである。

 両社は,CATVと同様に各家庭にSTB(セットトップボックス)を設置して,ブロードバンド回線で配信した番組をテレビ受像機に映し出せるようにする。地元のテレビ局による地上波放送を見られるようにするほか,「MTV」のような音楽チャンネルや「CNN」といったニュース・チャンネルなどの各種専門チャンネルを提供するのもCATVと同じである。さらにブロードバンド回線を通じて映画などを好きなときに見られるVOD(ビデオ・オン・デマンド)方式のサービスのほか,インターネット接続や電話サービスなども提供することにしている。通信と放送事業を総合的に展開し,CATV事業者との総力戦に挑む。

SBCはVDSLで広域を一気にカバー

 新事業構想の基盤になるブロードバンド回線をみると,SBCとベライゾンで整備の方法が異なる。SBCは,各家庭の近くまで光ファイバ網を張り巡らせて,そこから先は電話用に既に引き込んであるメタル回線をVDSL(超高速デジタル加入者線)技術で高速化する。最大伝送速度は20M~25Mb/sである。2006年初めまでにサービスを始める。

 一方のベライゾンは,各家庭まで新たに光ファイバを引き込むFTTH(ファイバ・ツー・ザ・ホーム)の形態でネットワークを整え,メタル回線では得られない大容量の伝送帯域を確保する。2005年中のサービス開始を目指している。

 両社のインフラの違いは,ブロードバンド放送事業を展開するうえで何を重視するかの違いの表れである。SBCは,「競争が激しい市場には,素早く参入しないといけない」(ウェバー副社長)と判断している。そこで既に家庭に引き込まれているメタル回線をそのまま活用できるVDSL技術を採用した。CATV事業者に通信事業を侵食されている状況を目の当たりにして,時間をかけて各家庭に光ファイバを引き込む余裕はないというわけだ。

 同社は2007年末までに,営業エリアである13州の1800万世帯でブロードバンド放送サービスを利用できるようにする。同エリア内の半数に相当する世帯を一気にカバーすることになる。2007年末までにインフラの整備などに40億ドルをつぎ込む予定であり,FTTH回線を整備するのに対して約10分の1のコストで済むとしている。

 映像の伝送にはインターネットの通信プロトコルであるIP技術を使う。VDSLで得られる最大20M~25Mb/sの通信速度で,地上波放送やそのほかの専門チャンネルを多数提供するには帯域を効率的に使用しなければならない。SBCはIP方式により,視聴者からの要求があったチャンネルだけを配信することで帯域を効率的に利用することを可能にした。

ベライゾンはテレビ局との同盟を画策

 ベライゾンにもFTTHを選択した理由がある。同社のアイバン・サイデンバーグ最高経営責任者(CEO)が,「ユーザーが最も欲しているコンテンツ」という地上波放送の番組を,テレビ局が望む形で配信するためである。そのためにも大容量のFTTH回線が必要だった。エリア拡大を急ぐよりも,万全のコンテンツ配信体制でCATV事業者に挑戦する。同社は2005年末までに全米100地域の300万世帯を対象にFTTH回線を整備することを当面の目標としている。

 サイデンバーグCEOは「NABショー」の講演で居並ぶテレビ局の関係者を前に,「あなた方が(CATVとの間で)抱えている問題を解決したい」と申し出た。ベライゾンがCATVという「共通の敵」に挑む同志であることをテレビ局関係者に印象付け,番組調達などの面で協力を得る狙いである。

 テレビ各局が抱える問題とは,「マストキャリー」のこと。現在,全米の7割の世帯がCATV経由で地上波放送を見ている。米国の地上波放送局は,番組をCATV事業者に配信してもらわないと大半の世帯に番組を届けられない。そこで,CATV事業者には地上波放送を配信する義務が課せられている。それがマストキャリーある。

 だが,マストキャリーでは地上波放送のアナログからデジタルへの移行期間を想定していなかった。デジタル化が進む現在,「回線の伝送容量が足りない」などとして地上アナログ放送だけを流し,地上デジタル放送の配信を拒むCATV事業者が後を絶たない。また地上デジタル放送を再送信していても,デジタル技術を生かした双方向サービスなどには対応しないCATV事業者も少なくない。

 サイデンバーグCEOは,「大容量のFTTH回線を使うことで,すべての問題に対処できる」と述べ,ブロードバンド放送の提供を通じてテレビ各局が抱える問題を解決することを示唆した。

 伝送方式も,テレビ局などから受けた全チャンネルの信号を,そのまま「QAM」技術で変調して各家庭に流す方式を選んだ。流すチャンネルが100あれば,100チャンネル分の信号を各家庭まで流す。このQAM方式は,既存のCATV事業者と同じ従来型の映像伝送方式である。大容量のFTTH回線との組み合わせによって,より多くのチャンネルの配信を目指す。既にベライゾンは大手テレビネットワークのNBC Universalなどの地上波放送を配信する許可を得ており,ほかの事業者とも交渉を進めている。

ソフトバンクなど地上波を配信できず

 一方,日本に目を転じてみると,米国に先行して2003年からブロードバンド放送が提供されている。ソフトバンクグループのBBケーブルやKDDI,住友商事系のオンラインティーヴィなどがIP方式を,スカイパーフェクト・コミュニケーションズの子会社であるオプティキャストがQAM方式を採る。

 QAM方式を採用するオプティキャストのサービスは,日本の著作権法においては「CATV」に位置付けられている。このためNHKや民放テレビ局は,CATV事業者に番組の配信を認めているのと同じように,オプティキャストによる配信にも同意している。

 しかし,ほとんどの通信事業者が採用するIP方式のブロードバンド放送に関しては,どのテレビ局も配信を許可していない。著作権法上,IP方式のブロードバンド放送はCATVではなく,一般的なインターネット配信などと同じ扱いになっているからだ。テレビ関係者は,「IP方式のブロードバンド放送で番組を流すことは,著作権の観点から難しい」などとして,配信を認めていない。結果として,IP方式のブロードバンド放送の競争力は削がれている。

 もちろん米国にも著作権の問題はある。それでもIP方式を選んだSBCは「著作権の問題がコンテンツを調達するための障害とはなっていない。地上波放送の配信を認めてもらえる見通しだ」(ウェバー副社長)と自信をみせる。「米国のテレビ局は地上波放送をCATVなどで流してもらうことで視聴者を増やしてきた。IP方式のブロードバンド放送もその延長と位置付けてもらっている」という。実際のところ,SBCがどの程度の数のテレビ局から番組配信の同意を得られるかは未知数である。ただ,テレビ局関係者はIP方式のブロードバンド放送に対して「新たな番組の配信手段として期待する」(NABの幹部)としており,前向きな姿勢を示す。

 日米のテレビ局の事業モデルに,大きな違いがあるようだ。

著作権は言い訳?

 日本のテレビ局の関係者は,「著作権の問題をIP方式のブロードバンド放送に番組を出さないための口実に使っている側面は否定できない」と明かす。「配信を可能にしてもらうように,番組出演者などの著作権者に積極的に働きかけるようなことはしていない」という。こうした姿勢には,日本のテレビ各局がCATVを地上波放送と競合するサービスととらえてきたという背景がある。視聴者を増やす手段と位置付ける米国のテレビ局とは対照的である。

 日本のテレビ局にとって,CATVは「電波が届かないビル陰やへき地などの難視聴世帯をカバーするための手段」であり,難視聴エリア以外でCATVの勢力が台頭することは基本的に歓迎しない傾向がある。ブロードバンド放送も,その延長にある。「配信を認めれば,地上波放送の番組がブロードバンド放送事業者により加入者獲得の目玉に利用される」(民放関係者)と,敵に塩を送るような行為との認識である。

米テレビ局は反面教師

 日本のテレビ局は,視聴者を増やす手段としてCATVに頼らない代わりに,自らテレビ塔を各地に設置することで地上波で直接カバーするエリアを広げてきた。そのことがCATVの台頭を抑制する結果につながった。民放キー局の幹部は,「米国のテレビ局のようにならずに済んだ」という。

 CATVに依存する米国のテレビ局の場合,マストキャリーを巡る問題に代表されるように,番組の送信方法に関する主導権をCATV事業者に握られてしまっている。また,CATVに番組を供給する事業者の勢力の拡大を許してしまった。CNNやMTV,HBO,DISCOVERY CHANNELなどの有力なCATVチャンネルが次々と生まれ,相対的に地上波放送の視聴シェアは抑えられている。

 米国との比較において,日本のテレビ局はインフラ面でCATVに頼らないことで,放送市場における地上波放送の地位を確固たるものに育ててきたといえる。ブロードバンド放送が始まっても,この基本方針を変える気配はない。

 IP方式のブロードバンド放送事業を営む日本の事業者は,配信によって大きなメリットが提供できることを示せなければ,テレビ局の方針を変えることはできない。

(吉野 次郎=日経ニューメディア)