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 以前,この「記者の眼」で披露した「メリハリ・ネットワーク」という企業ネットワーク構築手法の新しい考え方(当該記事)。センター拠点および大規模拠点は高速・高品質なネットワークを組み,小規模拠点は信頼性にはある程度目をつぶりコスト・パフォーマンスの高いネットワークを組むというやり方である。

 前回の記事でも言及しているが,センター拠点に投資して末端拠点の投資を抑えるという手法は,以前からごく普通に行われていたこと。例えば,重要拠点のアクセス回線は専用線にし,中小拠点はADSL(asymmetric digital subscriber line)やFTTH(fiber to the home)といったコンシューマ向けのブロードバンド回線にするといった方法だ。

 しかしこの場合,WANサービスはIP-VPNや広域イーサネットのいずれか一つで,すべての拠点を同一の網につなぎ込むやり方が一般的だった。ところがその状況は,2004年夏以降,変わってきている。企業ネットにメリハリを利かせることができる新サービスや製品が相次いで登場したからだ。センター拠点や本社などは高速・高品質なネットワークを使い続ける一方,ほかの拠点はこうしたサービスや製品を使ってコスト・パフォーマンスを追求する。これが新しい「メリハリ・ネット」の概念である。

 実際に取材を進めていくうちに,こうしたメリハリ・ネットワークの考え方を取り入れたネットワークを構築している企業をいくつも見付けた。さらに,それらを詳しく見てみると,メリハリ・ネットワークの構築法は大きく3種類に分類できることが分かってきた。

 (1)専用の閉域網とブロードバンド回線を使う「割安VPNサービス」,(2)IP網をプロトコル・フリーのネットワークとして使えるようにする「仮想広域イーサネット構築機器」,(3)同様の機能をソフトウエアで実現する「仮想広域イーサネット構築ソフト」――の三つである。

閉域でブロードバンド,しかも割安なVPNサービスがブレーク

 この中で,特に存在感を増しそうなのが(1)の割安VPNサービスだ。

 もともと割安VPNは,「フレッツ・オフィス」や「フレッツ・グループアクセス」,「フレッツ・グループ」などを提供するNTT東西地域会社の独壇場だった。ところが2004年6月にNTTコミュニケーションズ(NTTコム)が「Group-VPN」でこの分野に参入し,状況が一変した。当初はアクセス回線にアッカ・ネットワークスのADSLしか使えなかったが,2004年9月から「フレッツ・ADSL」や「Bフレッツ」に対応(関連記事)。1拠点当たり1万3000円程度という安さや法人専用の閉域網を使う点がうけ,一気に割安VPNの分野に火が付いた。

 割安VPNサービスは,現在,東西NTT,NTTコムのほかに,NTTPCコミュニケーションズが「セキュア・インターネットVPN」(関連記事)と「ブロードバンド・イーサ」(関連記事)を提供中。パワードコムも「Powered Associate VPN」を2005年5月に開始した(関連記事)。

 割安VPNサービスを使い,メリハリを利かせた新ネットワークを本格稼働させた企業には,食品製造メーカーのA社がある。同社の狙いはコスト削減と回線の増強。ただし同社のネットワークは,単なる回線増強では済まない状況に陥っていた。情報系のデータ量が加速度的に増大していたからだ。それに対して,基幹系のデータは重要度こそ高いものの,データ量としては大きくない。

 こうしたデータの種類による重要度やトラフィック量の違いを考慮しながら効率的なネットワークを検討した結果,A社がたどり着いたのがIP-VPNと割安VPNサービスを組み合わせたメリハリ・ネットだった。信頼性重視の基幹系データ用にはNTTコムのIP-VPN「Arcstar IP-VPN」を採用。一方,信頼性よりもコスト・メリットと広帯域化を重視する情報系にはGroup-VPNを使う。

現用系にIP-VPN,バックアップに割安VPNを使う

 現用系に信頼性が高いIP-VPNを,バックアップにNTTPCのブロードバンド・イーサを使い,低コストで信頼性の高いネットワークを作り上げることに成功したのが,飲料品メーカーのB社だ。ただB社は,最初からメリハリ・ネットを志向していたわけではない。IP電話の導入に際し,ネットワーク増強を考えて複数サービスを組み合わせていくうちに,自然とメリハリ・ネットが出来上がっていたという。

 同社は,以前からIP-VPNサービスを使っている。IP電話の導入に併せて広域イーサネットへの切り替えも検討したが,同社ではアクセス回線を太くしてもIP-VPNを使い続ける方が割安なことが判明。既存のIP-VPNのアクセス回線を広帯域化してデータと音声を統合することにした。ところがバックアップ網の問題が生じる。バックアップ網の広帯域化も必要となったのだ。

 本社などの主要拠点は,IP-VPNへのアクセス回線を2重化して信頼性を高めている。しかしコストが跳ね上がってしまうため,全拠点を同じように2重化するわけにはいかない。そこで同社が導き出した答えが,割安VPNのブロードバンド・イーサの活用だ。同サービスはアクセス回線にBフレッツが使えるうえ,IP-VPNより料金が安い。バックアップ網として使うにはうってつけだった。こうして現用系にIP-VPN,バックアップに割安VPNを使ったメリハリ・ネットを構築した。

5カ月で1000台を出荷した仮想広域イーサ構築機器「Flebo」

 一方,(2)の仮想広域イーサネット構築機器は,IPネットワーク上でもイーサネット・フレームを透過的に運べるようにするネットワーク機器である。「柔軟な設計が可能な広域イーサネットを使いたいが,価格が高すぎる」と二の足を踏んでいたユーザーの心をぐっとつかんだ。製品としては,フジクラとNTT西日本が共同開発した「Flebo」やセンチュリー・システムズの「FutureNetシリーズ」,マイクロ総合研究所の「UnifiedGateシリーズ」などがある(関連記事)。

 現在,最も勢いがある製品はFleboだ。「サービスを開始してわずか5カ月で,累計出荷台数が1000台を突破した」(NTT西日本)と言う。Fleboのユーザーは大半は中小規模だが,これをバックアップや中小規模拠点の収容に使ってメリハリ化に活用する大企業も出始めている。

 例えば西日本エリアに本店を置くC銀行は,メリハリ・ネット構築をにらみ,いち早くFleboの導入を決めた。C銀行では,本店やデータ・センターではNTT西日本の広域イーサネット「ワイドLANプラス」とパワードコムの「Powered Ethernet」をマルチキャリアで使い,信頼性を高めている。さらにデータ・センターは,回線やネットワークだけでなくUPS(無停電電源装置)まで含めて完全に冗長化。金融機関ならではの強固なネットワークを作り上げている。

 その一方で,営業所などはコスト・パフォーマンスを重視したネットワーク設計。広域イーサネットを使っているものの2重化はせず,バックアップにはNTT西日本の割安VPNサービスであるフレッツ・グループと仮想広域イーサ構築機器のFleboを採用した。

基幹系と店舗系ネットをIP-VPNとSoftEtherでメリハリ

 最後の(3)の仮想広域イーサネット構築ソフトの代表例は,ソフトイーサの登大遊社長が開発した「SoftEther」。これは仮想広域イーサネット構築機器のソフトウエア版。機器版と同様,IP網上でイーサネット・フレームを透過的に転送できる。セキュリティを強化した商用バージョン「SoftEther CA」を三菱マテリアルが2004年8月に販売開始し,企業への浸透を狙っている(関連記事)。

 このSoftEther CAを,約130店舗の店舗ネットワークに使用しているのがパチンコ店を全国展開するD社だ。D社では,店舗間で売上情報などを照会できるアプリケーションやファイル共有などを実現するために使っている。一方で,財務情報を扱う基幹系は別ネットワーク。こちらは信頼性を重視してIP-VPNを採用している。店舗系と基幹系でメリハリを付けたネットワーク構成とした。

 同社も,当初は店舗間の接続にIP-VPNかインターネットVPNを使うことを検討していた。しかしIP-VPNで店舗をつないだ場合は,導入時に2000万~3000万円,月間で100万~200万円程度のコストがかかると試算していた。IPsecを使ったインターネットVPNでも,IPsec対応機器の導入費用がかなり高くなることが分かっており,機器の運用や設定も負担になると感じていた。

 これに対してSoftEther CAなら初期費用が300万円程度で,月額費用は基本的になし。運用や設定もそれほど難しくない。D社の担当者も「低コストで導入できるうえに使い勝手もラク」と導入に満足する。

 このように,いくつかの企業は「メリハリ・ネットワーク」の構築を始めている。コスト上昇を抑えながら,柔軟な社内ネットワークを構築できるメリットは魅力十分。今後,こうしたメリハリ・ネットワークが企業ネットワーク構築手法の主流になっていくと筆者は感じている。

(安井 晴海=日経コミュニケーション)