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 「最近ちっとも顔を出さないじゃないか。たまには来い」

 あるIT企業の会長から電話がかかってきた。確かに最近はまったく訪問していない。筆者は今,IT雑誌の編集者ではないからだ。ただし,この会長には昔,かなりお世話になったので久々に訪問することにした。

 会長と知り合ったのは10年ほど前だが,そのIT企業とは20年近い付き合いであり,現会長の前の経営者とも面識がある。開発が中心だが,かなり前から調査というか,一種のコンサルティング・サービスも手がけている。IT業界では老舗の1社であり,名前はそれなりに通っている。とはいえ派手な動きをする企業ではないから,昨今の若い人は知らないかもしれない。

 会長に会うと,挨拶もそこそこに彼は,妙な話を切り出した。「困ったことになっている。社長と現場がうまくいっていない。お前,うちの社員を何人か知っていただろう。ちょっと相談にのってくれないか」

 いきなり面倒な依頼である。確かにその会社の勉強会に顔を出したことがあり,中堅幹部や若手社員と面識があった。とはいえ,よその会社の社員の人生相談に乗るほど筆者は暇ではないし,一介の記者がそんな相談を受けること自体,おかしい。そもそも記者に頼むのが間違っている。そう会長に言ったが,まったく通じない。

「お前は酒が好きだったなあ。一席設けるからどうだ」

「あいにくですが2004年1月から,思うところあって禁酒中です」

「他に楽しみがないだろう。馬鹿なことは早く止めたほうがいいぞ。ところで×日に社内の懇親会がある。そこに来い」

 この会長は非常に優秀なビジネスパーソンなのだが,基本は強引な人である。強引であるから,彼が経営の一線に立っていたときは,毎年きちんと数字を作っていた。社長を譲ってから,業績が今ひとつという噂を聞いていたが,ここまでしつこく頼んで来るところを見ると本当らしい。結局,×日によその会社の懇親会にのこのこと出かけていった。

 懇親会は不愉快の一言に尽きた。やはり参加すべきではなかったと思ったが後の祭りであった。旧知の中堅社員も若手も筆者の顔を見ると近付いてくる。久しぶりだから寄ってくるのはいいが,筆者に向かって,現社長の悪口を言う。しかも懇親会の会場には社長がいるにもかかわらず,かなり大声で批判する。

「久しぶり。最近どう」

「いやあ,もう燃え尽きました。何か別な仕事をしたいのですが,いい話はありませんか」

「なんだよ,それは。君が抜けたら困るだろう」

「関係ないですよ。社長が何とかするんじゃないですか」

「さっき,そこで若手にあったら,社長批判めいたことを言っていたけど,何かもめているの」

「特段もめてませんよ。我々中堅も含め,社員全員が疲弊しているだけです」

「立派にもめているじゃないか」

「いえ,本当に何もないですよ。社長の長い長い説教をみんな大人しく聞いてますし。反論もしませんから静かなものです」

 懇親会であるから,社員たちは段々酔っぱらってくる。社長批判は段々激しくなってくる。こちらは烏龍茶しか飲んでいない。なぜこんな目に遭わないといけないのか,禁酒した祟りかと馬鹿なことを考えたりした。筆者は愚痴を言うのも聞くのも嫌いである。愚痴の一つも言いたくなる時がないではないが,意地で続けている禁酒と同様,断固として言わない。

 結局,懇親会には最後までいた。その結果,社員がなぜやる気がないのか,おおよそのことが分かった。社長が社員をかなり厳しく指導している。そこまではよいが,その指導に行きすぎのところがあり,社員の多くが落ち込んでいる。

 例えば社長のレビューが非常に長い。ペアを組んで仕事をしている中堅や若手が全員呼び出され,社長から延々と追及を受ける。社長なのだから,大きな問題点だけ指摘し,後はお前達でなんとかしろ,と言えばよいものを,細かいところまで一つひとつ論う。一回のレビューで2時間かけるのはざら,時には昼食や夕食をはさみ,食後にまた再開する。

 若手社員たちはこんなことを言っていた。「一度に色々なことを言われると,何について怒られているか段々分からなくなってくるのです。しかも社長自体,前に言ったことを忘れるらしく,途中から何度も同じ指摘をしています」。「最初のころは色々反論したり自分の意見を言ってみたのですが,いちいち反論してくる。社長ですからいつまでも刃向かうわけにもいかない。最近,ずーっと説教を聞いていると,本当に憂鬱になって,どうにかなりそうです」

 愚痴を山ほど聞かされた懇親会からしばらく経って,会長から電話が来た。また行くのは面倒なので,電話で思ったことを伝えた。