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 かつて1993年,クリントン政府はクリッパー・チップを提案した。政府は悪人が暗号技術を使い始めそうだと懸念し,対策を考え出したのだ。クリッパー・チップは解読が不可能な強力な暗号化を実現できるが,政府だけが知っている秘密の鍵を使えば通信内容を復号できる。こうすることで,正当なユーザーの安全は確保されるが,悪人のやり取りするメッセージは政府に筒抜けとなる。

 みなさんの想像通り,この試みは全く受け入れられなかった。

 政府が暗号にバック・ドアを仕掛けるという発想が好かれなかったのだ。私のような専門家は,“バック・ドア”を隠し通せるとは思わなかったし,故意に骨抜きにされた暗号技術は優れたアイデアでないと考えた。「鍵供託」「鍵回復」「信頼できる第三者機関による暗号化」などと呼ばれる一般的な概念は,この数年浮かんでは最終的に消えていった。

 その概念が“手荷物の鍵”という形で復活するとは,一体誰が考えただろう?

 9月11日以降,空港では警備員がチェック済み荷物をさらに開けて確認する作業を開始した。スーツケースに鍵がかかっていたら,錠は壊されてしまう。しかし,一部の旅行者はスーツケースに鍵をかけている。というのも,輸送中に誤って開いてしまうことや,手荷物係が何かくすねようと物色することを防ぎたいからだ。これらの要求を満たすため,“鍵を供託する錠”が作られた。この錠が取り付けられたスーツケースの持ち主は,自分の鍵で普段通り開け閉めできる。しかし,この錠には米運輸保安局(TSA)用の特別な鍵が存在しており,空港の警備員もそのスーツケースを開けられる。

 TSAへの鍵供託には,クリッパー・チップとの違いが2つある。1つ目は,ほかに選択肢がない点だ。TSAに鍵を供託した特殊な錠を使うか,スーツケースに鍵をかけないか,2つに1つになる。選択肢がほかにないので,鍵をかけないよりは,鍵供託のほうがましということになる。

 2つ目は,対象がスーツケースに過ぎないという点だ。犯罪者がナイフで切り裂くことや,スーツケースごと持ち去ることまで防ぐつもりはない。何者かが出来心でスーツケースに手を突っ込んで漁るのを妨ぎたいだけだ。

 確かに,悪人がTSAの特殊な鍵の合鍵でスーツケースを開ける可能性はある。しかし,連中はつまらない手荷物の鍵などとうの昔から開けることができた。

 私自身は,海外を旅行するときでも鍵はかけない。鍵をかけないことによるリスクは極めて小さいと思うからだ。しかし,このリスクを心配している人には,TSA“お墨付き”の錠をお勧めする。

TSAの鍵供託に対応した錠に関するWebサイト:
<http://www.travelsentry.org/travelers.htm>

ニュース記事:
http://www.pittsburghlive.com/x/tribune-review/news/...
http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/...

鍵回復に関する過去記事:
http://www.schneier.com/essay-infosec-scrambled-ft.html
http://www.schneier.com/paper-key-escrow.html

Copyright (c) 2004 by Bruce Schneier.


◆オリジナル記事「TSA-Approved Locks」
「CRYPTO-GRAM April 15, 2004」
「CRYPTO-GRAM April 15, 2004」日本語訳ページ
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◆この記事は,Bruce Schneier氏の許可を得て,同氏が執筆および発行するフリーのニュース・レター「CRYPTO-GRAM」の記事を抜粋して日本語化したものです。
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