4年にわたる米マイクロソフトに対する独禁法訴訟で,司法省は米国時間9月6日に分割要求を取り下げた。

 形勢逆転の背景には,同社の強力なロビー活動がある。連邦地裁で事実上の敗北を喫して以来,マイクロソフト社はおびただしい数のロビイストを雇い,大金を惜しげもなく費やして政治家に働きかけた。米Center for Responsive Politicsの調査によれば,マイクロソフト社の政治献金とロビイストへの献金は,2000年だけで1200万ドルにも達した。政治献金の約2/3は,共和党に流れたとされる。この裁判が始まる前年の1996年に,マイクロソフト社の政治献金はわずか10万ドルだった。

 マイクロソフト社のロビー活動はワシントンの中央政界に留まらなかった。司法省と一緒に同社を告訴した20州の政界にも強く働きかけた。地方政界の名士をロビイストに雇い入れ,彼らのはからいで州政府の司法長官に接触したとされる。その影響かどうかは不明だが,司法省に先だって,テキサス,サウス・カロライナ,ニュー・メキシコなどの州政府は次々と訴訟を取り下げた。

 司法省とマイクロソフト社はこれから,和解に向けた交渉に入る。ただブッシュ政権は産業界寄りだけに,マイクロソフト社のビジネス慣行を本気で変える意思があるのかどうか,最初から疑ってかかる向きもある。

 当面の争点となるのは,9月末にもバンドルされたパソコンが発売されるWindows XP。2001年6月に巡回控訴裁が下した裁定に従えば,パソコン・メーカーはWindows XPのデスクトップ画面に,マイクロソフト社のライバル企業のソフトウエア(アイコン)を自由に置くことができる。

 ただ一筋縄ではいかない。控訴審の裁定を受けて数社のパソコン・メーカーが,米America Online(AOL)のインターネット関連ソフトのアイコンをデスクトップに標準で置くと発表したが,マイクロソフト社はさっそく対抗措置に出た。もしAOL社のソフトウエアなどのアイコンをデスクトップに置くのなら,マイクロソフト社のInternet Explorer,Media Player,MSN Internetも標準装備しなければならない,という条件をつけたのだ(デスクトップにアイコンも配置しない場合は,上記三つのアイコンの追加は免除)。

 マイクロソフト社のライバル企業関係者は一様に,いわゆるConductive Remedy(分割の代わりとなる,独禁法に基づく実行勧告)のような手ぬるい手段では,マイクロソフト社のビジネス慣行は改まらないと主張する。和解になるにせよ,裁判所が勧告を言い渡すにせよ,マイクロソフト社は合いも変わらず課せられた制約をノラリクラリとかわしてしまうというのだ。米国の行政府スタッフは政権交代とともに入れ替わる。IT業界の表も裏も知り尽くしたマイクロソフト社を,きちんと見張れるほどのスペシャリストがいるかどうか怪しい,とライバル企業は懸念している。

 実際のところ,現在の司法省が本当に願っているのは,早期決着以外にない。「司法省のベトナム戦争」と言われた,米IBMとの独禁法訴訟の二の舞を踏みたくないからだ。1979年に始まった「司法省対IBM」の戦いは何と13年も続き,これによってIBM社は疲弊し,産業界におけるリーダーシップは弱まった。当時CEOだったFrank Caryによれば,在任期間中に彼は500日を裁判証言の準備に費やし,部下が作成した書類の重さは全部で推定5万トンに上ったという。企業経営どころの話ではなかったのだ。

 現在の米IT業界は,レイオフが相次ぎ,リセッションに怯えている。こんなときに共和党政権が,業界の旗頭とも言えるマイクロソフト社を,IBMと同じ運命に追い込むとは考え難いのである。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年),「わかる!クリック&モルタル」(ダイヤモンド社,2001年)がある。

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